第37話 初めての友達
紬にとってアヤカシとは、恐ろしくて、身勝手で、時に自分を食べようとするような怪物だ。
そんなやつ相手にあれこれ言って暴れたのだから、きっとすごく怒っていると思った。
なのになぜ、こんな悲しそうな表情をしているのか。それを見ていると、自分が悪いことをしたような気持ちになってくる。
しかし、それもほんの短い間だった。
アヤカシの少年は、気を取り直したように言ってくる。
「君って、変なやつなの?」
「なっ──!」
悪いことをした、なんて気持ちになって損した。これを聞いた瞬間、紬はそう思った。
もう一度怒りをぶつけようとしたが、それより先に、少年がさらに言う。
「俺も言われるよ。アヤカシのくせに、片方の親が人間の、変なやつって。だから、いつも一人だった」
「えっ──?」
聞こえた言葉が信じられなくて、耳を疑う。
アヤカシなのに片方の親が人間なんて、そんなことあるのだろうか。
そしてもうひとつ。一人だったというのが、紬の心に深く響いた。
「えっと……一人って、他のアヤカシからは、仲間外れにされてるってこと?」
恐る恐る尋ねてみる。もしかすると、これを聞くのはすごく嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
しかし少年は、ケロリとした顔でそれに応えた。
「うん。だから、人間の世界ならどうかなって思ってやって来たけど、誰も気づいてくれなかったな。君以外は」
「わ、私は、アヤカシが見えるから。……そのせいで、学校では一人ぼっちだけど」
少年とは違って、紬は恥ずかしそうにボソボソとした声で話す。
自分は一人ぼっちなんだと、できれば言いたくはなかった。
「そっか。それじゃあ俺たち、変なやつで一人ぼっち仲間だ」
「えっ。それは、ヤダ……」
どうしてそんな悲しい仲間にならなければならないのか。
思わず拒否するが、その時になって気づく。ついさっきまでこの少年に対して感じていた、恐怖や怒りが、いつの間にか薄くなっていることに。
「でも仲間になれば、一人ぼっちじゃなくなるよ」
そう言って少年は、倒れている紬を再び起こそうと、もう一度手を差し伸べてくる。
さっきは払い除けた、少年の手。だが今度は、どうしようかと迷う。
相手はアヤカシ。片親は人間だと言うが、それでも、今まで散々酷い目にあわされてきた奴らの仲間だ。
だが、ニコニコ笑いながら手を差し出す少年の姿は、とても眩しく見えた。
気づけば、自然とその手を掴んでいた。
「私、紬。あなたは?」
アヤカシに自己紹介をするなんて初めてで、すごく緊張する。
だが仲間というのなら、もっと自分のことを知ってほしかった。少年のことを、もっと知りたいと思った。
「俺は、詩。これからよろしくね、紬」
それから二人は、何度も会うことになった。
詩の姿は、他のアヤカシと同で紬以外の人間には見えないから、町中で会って話をしたら変に思われる。だから、会うのはいつもこの山の中だ。
初めて会った場所からもう少し奥に行ったところに古いお堂があり、そこで待ち合わせをするようになっていた。
しかし紬には、今まで友達と呼べるような相手などいなかったので、会っても何を話せばいいかわからない。そこで、家からゲームやマンガを持っていき、一緒に遊んだり読んだりすることにした。
そしてそれらは、アヤカシである詩の目には、とても新鮮に映ったようだ。
「これ、すごいな。人間の世界には、こんな面白いものがあるんだ」
目をキラキラさせながら、紬の貸したゲームに熱中する。
自分より年上っぽい彼がこんなにも無邪気に遊ぶ姿は、なんだかおかしかった。
興味を持ったのは、マンガも同じだ。
紬が持ってきたマンガは、恋愛描写の多い少女マンガがほとんどだったので、男の子にはどうだろうと心配だったが、詩はそれも楽しく読んでくれた。
ただ、二人一緒に読んでいる途中、キスシーンが出てきた時は、びっくりして思わずページを閉じた。
「わわっ!」
「あっ。まだ読んでる途中だったのに」
詩は不満そうに言うが、男の子と一緒にそういうシーンを見るのは、なんとなく恥ずかしい。
だが、それを説明するのもまた照れてしまい、モジモジしながら俯く。
すると詩は何を思ったのか、そんな紬の顎の先に手をやり、クイッと引き上げ、自分の方を向かせた。
「ねえ、紬。俯いてないで、もっと俺を見てよ」
「へっ?」
「俺は、もっと紬のことを見ていたいんだ」
「ふぇぇぇぇっ!?!?」
いきなりそんなことを言われたものだから、今までとは比べ物にならないくらいの恥ずかしさが湧いてきて、顔が茹でダコのように真っ赤になる。
いったいどうしたというのか。思わずパニックになりかけるが、そこで気づく。
「ねえ、詩。これって、さっきのマンガのセリフ?」
「そうだよ。面白そうだから、言ってみた」
ニコッと笑う詩を見て、また顔が赤くなる。だが今回は、恥ずかしいからではない。怒りだ。
「バカーっ!」
全力で叫んで、詩のことをポカポカと殴る。といっても、本気で殴っているわけではない。
詩も、痛い痛いと言いながら、その顔は相変わらず笑っていた。
二人で一緒に遊ぶこの時間は、紬も詩も、いつだって笑っていたのだ。
◆◇◆◇◆◇
そんなことがあったのが、もう何年前になるだろう。
時は流れて今。紬はそのことを思い出し、頭を抱えながらうずくまっていた。
その隣では、詩が目線を合わせるようにしゃがみ込んでいる。
「あの時会ってた男の子って、あなたなの?」
わざわざ確認しなくても、そうとしか考えられないだろう。それでも、聞かずにはいられなかった。
思った通り、詩はゆっくりと頷く。
「ああ、俺だよ。昔、俺たちはこの山で出会って、何度も会ってた」
予想通りの答え。だが紬にとっては、同時に信じられないことでもあった。
詩の言っていることが本当だとすると、どうしてもおかしなことがある。
「だったら、どうして私はそれを今まで忘れてたのよ!」
たった今開かれた、記憶の扉。
だがそれまでは、あんなことまるで覚えていなかった。
昔、この山で誰かと遊んだ記憶など、これっぽっちもなかった。
いったいどういうことなのか。自分のことなのに、まるでわからない。
睨むように見つめながら、じっと答えを待つ。
詩の口が、小さく動いた。
「俺が、記憶を消した。紬に幻術をかけて、俺のことも、一緒に過ごした時のことも、全部忘れさせた」
「なんで、そんなことを……」
記憶を取り戻した今ならわかる。詩と一緒にいたあの日々は、今まで生きてきた中で最も楽しい時間だった。なのに、それをどうして消したりしたのか。
怒るべきことかもしれない。だがそれ以上に、理由が気になった。記憶の中の詩も、今目の前にいる詩も、悪意を持ってそんなことをするとは思えなかったから。
「ちゃんと、全部話すよ。どうして記憶を消したのかも。それに、紬のお母さんのことも」
「お母さん……?」
詩の言葉を聞いて、今更のように思い出す。
元々ここに来たのは、自分の母親について話したのが発端だったことを。
紬の脳裏に、母親の姿が浮かび上がる。
今までもバクバクと大きな音を立てていた心臓が、一際大きく高鳴った。
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