第21話 力が全て

 男が出てきたことで、場の緊張感がさらに増す。

 そんな中詩は、顔色ひとつ変えることなく、相手を見据えた。


「俺も、不平不満があるなら無視はしたくないからね。言いたいことがあるなら、遠慮なしに言ってくれないか」


 相手の男は、見たところ詩よりもずっと年上。だが、詩にそれを気にして萎縮するようなそぶりは少しもない。

 しかし相手も、臆すことなく言い放つ。


「アヤカシの世界の勢力は、力によって決まるもの。大きな戦は長らく起こっていないが、力が全てというアヤカシの本質は変わらん」

「そうだね。俺だって、当然それは知ってるよ」


 力が全て。

 紬にしてみればとんでもなく野蛮なことを言っているようだが、アヤカシにはアヤカシの常識がある。


 そんなアヤカシの世界の名家である玉藻の一族なら、より力にこだわっても不思議は無い。


「そこにいる月城の花嫁。その体に満ちる霊力を、食らうなり吸い取るなりしていただけば、強大な力を得ることができる。にも関わらず、お前はそれをしようとしない!」


 一喝するように叫ぶと、ギラギラとした目で紬を見る。

 彼だけではない。この場にいる何人かが似たような視線を自分に送っていることに、紬は気づいていた。


「確かに、彼女の霊力は相当なもの。離れていてもわかりますな」

「これを目の前にして手を出さぬとは、当主である前にアヤカシとしての名折れ」

「私なら、とっくに霊力を吸い取り力を得ているものを」


 一人が声をあげたことで、他の者たちも勢いがついたようだ。だんだんと、詩に対して非難の言葉が出てくる。

 そのどれもが、紬のことを霊力を得るための餌としか見ていなかった。


 わかっていたことではあるが、それを聞くのはやはり気分は悪く、恐怖を感じずにはいられない。

 声が大きくなる度に、身がすくみ、体が震える。

 そんな紬を落ち着かせるように、詩が囁く。


「────大丈夫だよ。ちゃんと、守るから」


 そうして、次々に声をあげる者たちを、ゆっくりと見回した。


「何を言うかと思えば、そんなことか。くだらない」


 ため息をつき、呆れたように言う。そのバカにしたような物言いに、苛立つ者もいたかもしれない。

 しかし、次に出てきた言葉はそれ以上だった。


「霊力を吸って力を得る? どうして俺が、わざわざそんなことをしなきゃならない。既に、この中の誰よりも強いというのに」

「なんだと!」


 これには、それまで黙っていた者たちも不満の声をあげる。

 お前たち全員、自分よりも下。そんなことを言われて、怒らないはずがない。


(どうしてわざわざ挑発するようなことを言うの!?)


 詩のそばで一緒に怒声を浴びていた紬は、生きた心地がしなかった。

 これでは守るどころか、彼自身の身すら危ういのではないか。


 しかし怒声が飛び交う中、ひとつだけ、楽しそうにケラケラと笑う声があった。

 沙紀だ。


「なるほどのう。元々力があるのなら、わざわざ他から得なくてもいい。確かにそれも一つの道理。文句があるのなら、力を示してから言うことじゃのう」


 とんでもない暴論だが、力にこだわる者たちだからこそ、この言葉は効いたようだ。皆悔しそうに顔をしかめ、飛び交う怒声が明らかに減る。

 さらに沙紀は、未だ黙らぬ者たちに向かって続けた。


「とはいえ、こんな言葉だけでは納得できぬものもおるじゃろう。力がなければ文句も言えんのならば、せめて力を示す機会くらいは、私が与えてやろう。お主ら、詩と一戦交える気はあるか? その結果次第では、私が当主の座を誰に譲るか、考え直すやもしれんぞ」


 それを聞いて、これまでで一番大きなどよめきが起こる。

 驚いたのは、紬も同じだ。

 次の当主が、詩ではなく別の誰かに変わるかもしれない。そんなことになったら、自分も今まで通りではいられなくなるだろう。

 さらに、気になることは他にもある。


「一戦交えるって、勝負するってことよね。けど、それってまさか、挑んでくる人全員とじゃないわよね?」


 広間を見渡すと、今にも詩に挑んで来そうな者が何人もいる。

 詩や彼らの強さがどれほどのかは知らないが、その全てを相手にするとなると、いくらなんでも勝てるとは思えなかった。


「いいや。勝負を申し込まれたら、ちゃんと全員と戦うつもりだよ」

「そんな!?」


 紬の心配をよそに、詩はあっさり言い放つ。

 そんな無茶なと紬は頭抱えそうになるが、詩は意外なくらいに冷静だった。


「大丈夫だよ。ここに来る前に言っただろ。もしも何かあったら、絶対に守るって」


 守る。もう何度目になるかわからないその言葉を告げると、そっと、紬の肩を抱き寄せる。

 そこでようやく、紬は、自分がわずかに震えていたことに気づいた。


「信じてよ、俺のこと」


 その言葉に、ほんの少しだけ、震えが止まる。

 果たして、詩にどんな勝算があるのかはわからない。

 だが紬も、ここに来た時点で、危険な目にあうかもしれないというのはわかっていた。わかっていて、それでもここに来たのだ。

 その時の覚悟を、思い出す。


「わかったわよ。だから、絶対に勝ってね」

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