第4話 仕事はときに人柄を変える。良い方にも悪い方にも。
カフェ・トゥインクル、開店前。室内は少しひんやりとしている。
「マスター、この時間帯お休みをいただきたいです」
「うん。いいよ」
あっさりとしている。
「なんなら一日休んでもいいよ? ゆっくりしたら?」
「あっいえ、そういうわけには」
バイトなので、休んだ分だけ給料が減る。
中古品転売で赤字をたたき出した。生活に支障が出るわけではないが。こういうこともあるのだと学習した。
いや、あんなめんどくさいこと断ればよかったんだが。――そうはできなかった。
「あけみちゃんは、真面目で優しいね」
マスターはコーヒーを挽きながら言った。心を読まれたような気がした。
「俺はそんな大層な性格をしていません。こう言ってしまってはなんですが、めんどくさがりで、だらけた性格をしていて……」
「それでも誰かに対してなにかをすることができる人でしょ? 赤坂さんのこと気にかけてくれた。とても感謝しているよ」
……それで損することが多いのだ。言葉に詰まる。
「顔をね、見るとわかるんだ。カフェでいろんな人を見てきたからかな。あけみちゃんはこれから誰かのために、なにかしに行くんでしょ? めんどくさがっている顔じゃないよ」
そうなのか? 窓に反射した自分の顔を見る。ぶっきらぼうな顔をしている。
「ふふふ。僕だけの特技さ。さあ、開店準備をしよう」
「はい」
ピークタイムが過ぎた。休憩時間中、シフト表に休みの時間を書く。
「あれ、あけみっち休むの? めずらしいね」
「ああ、この時間帯だけな」
「えーめんどくさいじゃん。行ったり来たり。半日休んだら?」
「そういうわけにもいかないんだ」
ことのあらましを説明する。
「はー、直接引き取りねー。めんどくさいね」
「ああ」
「まーでも、あけみっち真面目で優しいから」
「みんなそういうよ。こんな性格、損するだけだ」
「へへっ、そうかもな。でもそういうのって誰にでもできることじゃないぜ」
俺は渋い顔をした。
「どうにもならなくなったら、オレたちを頼りな。ここカフェ・トゥインクルはみんなで助け合うことができるんだからよ」
そう、そうだったな。赤坂さんのときもそうだった。
「ありがとな」
……社畜時代とは大違いだ。あのときはすさんでいて、常にイライラしていた。
今は助け合える仕事仲間がいる。それだけで心は穏やかだ。
* * *
○○駅に到着した。そろそろ約束の時間だが。辺りを見回す。目印はウサギの子のポシェットだ。
「あっ、いたいた」
小学校高学年? 中学生だろうか? 名前でわかっていたが女の子だ。
声をかける。
「江月真理さんですか? 約束をしていた、田中明美です」
「えっあっ、あきよしさん? あけみさんは……」
女の子は身構える。
ああそうか。女性が来ると思っていたのか。
「明るいに美しいと書いてあきよしです。紛らわしくてすみません」
「いえ、こちらこそ、すみません。これ、ブレスレットです」
白いビーズのブレスレットでクローバーのチャームがついている。このブレスレットで間違いはない。
「ありがとうございます。姪っ子も喜ぶでしょう」
設定の通りに、さらりと嘘をつく。
「ごめんなさい。めんどうなやり取りをしてしまって。時間もかかるのに」
そう。めんどくさいのに。お金もかかるのに。
「親からネットで物を買うの禁止されているんです。でもどうしてもこのポシェットが欲しくて、友達のアカウントを借りたんです」
あーなるほど。いろいろ見えて来た。メッセージが遅れたのも、返送ができないのも、このためか。名前も違うかも。
「大丈夫ですよ。こうしてブレスレットが帰ってきたんです。ありがとうございます」
女の子は、はにかんだ。
女の子と別れたあと、カフェ・トゥインクルへとんぼ返りをする。
「おーあけみっち、どうだった?」
「無事回収できた」
「よかったな。へとへとじゃんか」
「あけみ先輩、しばらく休憩しててください。ごはん食べましたか?」
「いやまだ」
「オレの特製、まかないサンドイッチをごちそうしてやろう」
「いや、そこまでしなくでも」
マスターがやってきた。
「じゃあ僕もお手製コーヒーを」
「いいです、いいですから!」
結局サンドイッチとコーヒーを頂いた。少し照れながら頭を掻いた。
* * *
帰宅。ゲーミングチェアに座り一呼吸、休憩する。
そのあと、ブレスレットを梱包し、配送会社の営業所へ直接持っていく。
購入者へ発送の連絡と追跡番号をメッセージで送った。
明日には届くだろう。
購入者からすぐに返信が来た。
『お手数をおかけしました。ありがとうございます。子供もとても喜んでいます。本当にありがとうございます』
小さいブレスレットだった。
大事にしていたもの、そんなの手元からなくなったら辛いだろう。喜んでいるようで、よかった。
ゲーミングチェアに座り、目を閉じくるくる回る。
――映画の続きの内容を思い出していた。
ウサギの子はなんで断ったのか。絵本から出るための帰り道を探していたのだ。
しかし、トカゲの子は絵本から出ることを渋った。空を飛べなくなるからだ。
ウサギの子はトカゲの子にこう言った。大丈夫だよ。なんとかしてあげる。
絵本の外へ出ることができたみんなは、トカゲの子のために羽を作る。
手作りの羽をつけ、ウサギの子は、トカゲの子をおぶってジャンプした。絵本の羽の代わりにはならないけど、空を飛ぶことはできるよ。
その空からの景色は最高だった。
ベランダに出て、夜風にあたる。一番星が見える。
カフェ・トゥインクルでのバイトが一日終わり、中古転売屋のトラブルも、無事とは言えないがなんとか乗り越えた。
「大丈夫だよ。なんとかしてあげる、か」
優しい、真面目、責任感がある、面倒見がいい。誰にもできることじゃない。
……だらだらしたい、楽したい。あの苦痛から逃れたい。 疲弊する毎日から逃れたい。
「はぁ、まあいっか」
頭を掻く。
感謝の言葉でどこか救われていた。これでいいんだ。こういうこともあっていいんだ。
今度から商品の検品はしっかりと公式情報を確認しながらやろう。ウサギの子みたいに、しっかり者にならなくてはな。
もう、こんなことはこりごりだ
――座右の銘は日々精進。
そう。座右の銘は日々精進。これが俺のフリーター兼中古転売屋の日常。真面目に優しく、だらだらと楽して過ごすために。
座右の銘は日々精進。フリーター兼中古品転売屋の非常。 依定壱佳 @yorisadaichika
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます