第3話 苦痛を回避する。快楽を追求する。

「ひっぐ、ずび、よかった、よかったな……」

 鼻をかむ。俺は号泣していた。


 常連客のおば様が勧めてくれた子供向けアニメにすっかりハマってしまい、劇場版まで見てしまった。あなどれない。


 気分転換、ゲーミングチェアに座り一回転。

「さて、そろそろ中古品転売屋の仕事をしますかね」


 仕入れは基本フリマやリサイクルショップで、たまに近所で開催される蚤の市で仕入れたりもする。

 あとこれはグレーゾーンかもしれないが、不用品販売という名目で、ご自由にお持ち帰りくださいと道端に置かれた小物をありがたく頂戴して売ったりもしている。


 今日は、フリマサイトでめぼしいものがないかチェックする。


 例の子供向けアニメのグッズが目に入った。老若男女問わず大人気アニメのグッズは高く売れるだろう。商品情報を見る。

「ウサギの子のポシェットか」

 ぬいぐるみにしか見えないが、ショルダー紐がついている。


 公式サイトを見て定価を確認する。

「え、ポップアップストア限定品じゃん」

 値段はそんなに高くない。ぱっと見た感じ状態は良さそうだし、すぐに即決価格で買い取る。劇場版では大活躍したウサギの子。絶対売れる。

 「よしよし」


 数日経ってポシェットが届いた。状態を見る。

 目立つ汚れはない。背中にチャックがあり、そこに物が入れられるようだ。チャックも問題ない。匂いを嗅ぐ。他人の家のにおい。まあ問題ないだろうが一応洗うか。紐には少ししわがついている。洗ったらアイロンがけしよう。


 この細かい気遣いが重要だ。

 フリマサイトは、購入者が出品者へ評価することができる。評価が高いに越したことはない。


 仕入れたフリマサイトとは違うフリマサイトに出品する。

 中古品転売屋の仕事は順調だ。


 後日、カフェ・トゥインクル、ゆったりとした時間が流れる。


 あれから赤坂さんはすっかり仕事に慣れ、笑顔も増えた。


 スタッフと軽く雑談する。

「へーあけみ先輩、あのアニメ見ているんですね」

「ああ、常連客のおば様に勧められてな」

「あけみっちの意外な一面……。オレも見てみよっかな」


 ああ、ぜひそうしてくれ。劇場版がこれまたすごい面白いんだ。最初は絵本を読んでいるようで退屈なんだが、最後は泣ける展開があって、あ、ちなみに俺の推しはトカゲの子、と早口で言いかけそうになりなんとかこらえた。


 カランとドアから音が鳴る。


「いらっしゃいませ」

 例のおば様だ。映画を見たことを話そう。

 笑顔で接客対応に勤しむ。


「あけみ先輩、最近生き生きとしてますよね」

「彼女ができたんじゃないか?」


「……そんなわけないだろ。ほらオーダー」

 伝票を突き付ける。


「オレにも笑顔で対応してくれよ、あけみっちぃ」

「めんどくさ。これは営業スマイルなんだよ。それよりとっとと仕事しろ」

「ほーい」


 生き生きか。そうだな。


  *  *  *


 途中コンビニに寄って帰宅。

 ゲーミングチェアに座り、例のアニメのシール入りお菓子を食べる。

「おっトカゲの子のシールでた」


 フリマサイトを確認する。

「ポシェット売れたか。さすが人気アニメ、すぐに売れた」

 梱包し発送。購入者に連絡する。


 ベッドへ転がる。


 順風満帆。フリーターしながら片手間に中古転売で小遣い稼ぎ。社畜時代とは大違い、心に余裕がある。カフェのバイトもいつもの日常に戻った。


 そう、順風満帆なはずだった。


 ポシェットを売ってから数日経ったころ、出品者からメッセージが届いた。


『ポシェットにブレスレットが付いていませんでしたか? 子供が大事にしていたもので、もし付いていたら着払いで送って頂けませんか?』


 ブレスレット。公式サイトの商品画像と自分が出品したときの画像を見比べる。

 緑のクローバーがついているものだろうか。


 このポシェットは、ぬいぐるみのような形をしていて、それは首についていた。飾りかと思って、なんの疑問も持たずそのまま転売してしまった。


「はぁ、やっちまった」


 めんどくさい。付いていませんでした、といって終わらせてしまいたい。

 真面目に答える必要はない。相手は確認のしようがないのだから。

 それに、購入者になんと言えばいいのだ。ケチ付けられたらどうする。


 ――子供が大事にしていたもの。


「ああくそ」


 ため息をつきながら頭を掻く。

 さて、出品者にはなんと説明するか。


 デリケートな話だ。このまま馬鹿正直に高い値段をつけて転売しました、と伝えれば良い思いはしないだろう。ひとまず時間稼ぎをする。


『今、出張に出ておりポシェットが手元にありません。戻ったら確認しますのでお時間ください。あと質問なのですが、ブレスレットはどんなものでしょうか?』


『わかりました。白いビーズのブレスレットでクローバーのチャームがついています』


 はぁ、やっぱりか。首についていたもので間違いない。


 次は購入者だな。なんと伝えて、ブレスレットを返送してもらうか考える。

「子供。そうだ、姪っ子が付けたままにしていてうっかり送ってしまった、という設定にして、着払いで送ってもらえないか聞いてみよう」


 出品者が送ってきたメッセージを少し改変して購入者に送る。


 頼む。穏便に、円滑に進んでくれ。


 後日、カフェ・トゥインクル。


 パリン、と食器が割れる音がした。


「あけみちゃん、お皿割っちゃったんだって? めずらしいねぇ」

 マスターが心配そうな顔をする。


「申し訳ございません」

「いいよ、大丈夫だよ。そんな高いお皿使ってるわけじゃないし。それに誰だってミスはあるさ」


 大変よろしくない。


 あれから購入者からメッセージはなく、今後どう動くか考えていたら皿を割ってしまった。

 仕事中に別の事を考えるな。バイトとはいえメインで働いているのはこのカフェだ。クビになったらどうする。


 帰宅。ゲーミングチェアにドサッと座り込む。


 悶々とした気持ちが抑えられない。貧乏ゆすりをする。

 時間切れだ。


 出品者には、ポシェットは姪っ子にあげてしまって、その後ブレスレットをどこにやったのかわからない、と伝えよう。


「ん!?」


 購入者からメッセージが届いていた。

 安堵するが、内容を見て顔をしかめる。


『ごめんなさい。今メッセージを見ました。ブレスレットは付いています。おまけかと思っていました。返送はできなくて、直接会って返したいです。○○駅まで来れますか?』


 直接会って返す?

 購入者の住所を確認する。


「行けなくはないけど」

 交通費で赤字だ。着払いなら損はしないんだが……。


 着払いでお願いしたい、と強く言ってみるか?


 はー、めんどくさい。じゃあいいですっていって断るか。


 元をたどれば、出品者がブレスレットをつけたまま出品したのが悪いのだ。俺は悪くない。俺が損する必要はない。

 そう、する必要はないんだ。


 ――映画の内容を思い出した。


 ある日、みんなが遊んでいるとき、真っ白な絵本を見つけた。みんなが絵本に絵を描くと、光って絵本の中に飛ばされてしまう。


 トカゲの子の夢は空を飛ぶこと。絵本には、つけたい羽の絵を描いた。


 飛ばされた絵本の世界で、トカゲの子は自分が描いた羽を見つける。その羽をつけると空を飛ぶことができた。


 しかし、トカゲの子はその羽を壊してしまう。


 かわいそうなトカゲの子。みんなで羽を作るため材料を探しにいくのだが、ウサギの子はついていかなかった。なんでかはわからない。


 羽の材料は大きな木の上にあった。しかし高いところにあって届かない。


 ウサギの子ならジャンプして届くのではないか。そう考えて、みんなでウサギの子にとってもらえないかお願いをしに行った。


 しかし、ウサギの子は断った。


 トカゲの子は涙をぽろぽろとこぼした。いいんだ、壊したのは自分のせい。だから、いいんだ――。


『わかりました。引き取りに伺います。いつ引き取りに伺えばよろしいですか?』

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