第2話 根本的な性格は変えられないのか。性格が願望を阻止する。
田中明美、フリーター。ワンルーム一人暮らし。趣味はゲームしたり、本読んだり、漫画読んだり、どこにでもいる普通の人間。
「はぁ、楽して稼ぎてぇ」
自宅に帰って来て早々にため息をついた。ゲーミングチェアに座り、くるくる回る。
大通りから少しはずれたところにある、カフェ・トゥインクルでバイトをしている。
仕事は楽だ。隠れ家カフェでピークタイムといってもそこまで忙しくないし、アイドルタイムは常連さんと雑談できるぐらいゆっくりな時間が流れる。コーヒーの香りが漂い、むしろ癒されるほどだ。
今は新人が入ってバタバタしているが、そのうち収まるだろう。
難点といえば、常連さんにまであけみという呼び名が浸透したぐらいだ。俺の名前はあきよしだ。
「家賃、光熱費、食費、雑費、うーん」
カフェのバイト代で十分生活できるが、もう少し貯金ができるくらいお金が欲しい。そう、小遣い稼ぎくらいでいい。
なにか楽して稼げるバイトがないか考える。カフェのバイトと両立できるものがいい。
PCで求人情報を見てみた。単発イベントスタッフ、キャンペーンスタッフ、週一OK箱詰め作業、だるそう。
小遣い稼ぎ、簡単、気軽、のワードで検索をする。ポイ活、アンケートモニター、アフィリエイト、不用品販売。……不用品販売か。
辺りを見渡す。怪獣映画のくじで手に入れたE賞のアクリルスタンドを見つけた。本当はA賞のソフビクスが欲しかったが、まぁ当たらなかった。
「これ、フリマサイトで売ってみるか」
アクリルスタンドの写真を撮る。うーん、暗い。商品の状態がわかるようにしないといけないだろう。今度は照明の近くで撮る。反射してしまって見えにくい。四苦八苦して、なんとかいい感じの写真が撮れた。
「ああ、商品の状態を設定するのか」
開封済み、飾って放置していたので少しホコリがかぶっていたが、払えば傷ひとつない綺麗なものだ。
「目立った傷や汚れなし、でいいよな」
怪獣映画、くじ、E賞アクリルスタンドと商品の説明をポチポチ入力していく。
「配送方法? 送料は着払いで丸投げが楽なんだけどなぁ。出品者負担にしてちょっと値段は盛っておくか。配送、そうだ梱包はどうする。費用はいくらだ。売れるかどうかわからないのに先に買って用意するのもなぁ。みんなどうしているんだ?」
検索して調べる。こういうときは先人の知恵を借りるのが一番だ。
「なるほどな。いろんな意見はあるが、予め梱包は準備しておくほうが無難か。数百円くらいだし、売れなくても勉強代だと思えば良いか」
出品する前にいろいろと情報収集、準備を済ませ出品に出した。
* * *
後日、カフェ・トゥインクル、ピークタイムが過ぎ客も減ってきた。
カウンターにもたれかかり、ふと窓の外を見つめた。お客が入ってくるのが見えた。
カランとドアから音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
常連のおば様だ。席へ案内する。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「いつものコーヒーと、そうね、今日はチーズケーキにしようかしら」
「かしこまりました」
オーダーを受け、フードとドリンクを運び終える。
しばらく、おば様と雑談をしていた。
ひざ元に置かれたカバンに、ゆるキャラみたいなイラストが描かれたバッジを付けているのが見えた。
「かわいらしいバッジですね」
「ええ、孫からもらったのよ。短いアニメーションに出てくる犬のキャラクターでね、一緒に見てたら私もハマっちゃったの。息子もグッズを買うくらいハマっているのよ」
「へぇ、息子さんまでもですか」
「あけみさんも見てみたら? きっと気に入るわよ」
……それはどうだろうか。他愛のない雑談が続く。
* * *
帰宅。ベッドへダイブする。
「ぶあふっ」
だらだらとしていたが、出品した商品が売れたかどうか確認しないといけないことを思い出した。
そそくさと確認する。
「あっ売れた」
こんなに早く売れるものなのか。大急ぎで購入者へメッセージを送って梱包する。
「まだ配送会社の営業所は開いているよな。直接持っていって送ろう」
――この作業。この慌ただしい感じ。正社員で働いていたときの事を思い出した。
「私の座右の銘は日々精進です」
「うんいいね。採用」
「は、はい! ありがとうございます!」
面接のその場で採用が決まった。
今思えば即採用なんて何かしら事情がないとやらないだろう。人手不足だとか、定着して長く働いてくれる人がいないだとか、いやすべての会社がそうだとは言わないが。
俺の他に、もう一人男性が採用された。そいつも面接のあと、すぐに採用されたと言っていた。
研修なんてなかった。先輩から片手間で仕事内容を教わる。そんな感じだから俺も同期の人も仕事を覚えるのに苦労した。
日々精進。座右の銘として掲げたからには頑張らないと、と思いがむしゃらに働いた。まわりから仕事を振られまくり、深夜まで残業することもあった。
何カ月か経って、同期の仕事を手伝うことが増えた。一緒に残業して手伝う。お互い疲弊していた。
半年経った頃、イライラすることが増えた。
俺がきちんと赤信号を守って止まっているのに対して、無視して渡る人へ事故に遭っちまえと思ったり、コンビニで弁当を買うときレジでもたもたする店員に、無能だ辞めちまえと思ったり。最悪だった。
未だ仕事に慣れることができずにいる同期の仕事を手伝って残業していたとき、イライラして思ってはいけないことを思った。
俺の方がこなした仕事が多いのになんで同じ給料なんだよ、と。最低だった。
人柄が変わった。余裕がなくなり攻撃的になった。俺は恐ろしくなって半年で仕事を辞めた。
「はぁ、出荷完了。売れると結構うれしいな」
購入者に発送の連絡と追跡番号を送る。
ゲーミングチェアに座り天井を見上げた。
赤坂さんのことを思い出した。あのカフェは良い店だ。ちゃんと仕事を教えて慣れるまでみんなでフォローする。大丈夫さ、俺みたいにはならない。
その後、何回かフリマサイトで不用品販売をした。断捨離の感覚で本、漫画、ゲームソフトを売っていく。
「お、この服売れたか」
買ったはいいが似合わない気がして数回しか着なかった服だ。
クリーニングに出すか迷ったが、クリーニング代込みの価格にすると高いように思えた。安く服を買いたいからフリマで服を買うのだろうと予想し洗濯してアイロンがけをするだけにとどめた。それが良かったのだろう。
「もう売るものないな」
ベッドから這い出しゲーミングチェアへ滑り込む。
さあどうしたものか。
また別の小遣い稼ぎを探す。中古品転売屋の文字を見つけた。
「これなら、フリマで不用品を売ったノウハウが生かせるんじゃないか?」
仕入れ先はどうしようか。価格設定も今までなんとなくで決めていたから、どうするかしっかり考えないとな。
ネットでいろいろと調べてみる。
「古物商許可証? が必要なのか」
うへっ、めんどくさそう。頭を掻く。
「せっかくここまでやってきたんだ。最初から振り出しになる方がめんどくさいだろ」
手続きを進めていく。いろいろと決めることが多い。やることも多い。途中、なにやってんだろと思うこともあったが、古物商許可証を無事取得できた。
こうして晴れて俺は、フリーター兼中古品転売屋になった。
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