座右の銘は日々精進。フリーター兼中古品転売屋の非常。

依定壱佳

第1話 優しい、真面目、責任感がある、面倒見がいい、こういう性格の奴は損をする。

「本日十時に平田様と面接のお約束をしております、田中と申します」

「田中様ですね。面接室へご案内いたします」

 何度目の面接か。お祈りメールの文言はもう見飽きた。


 面接室にはすでに面接官がいた。


「田中と申します。本日はお忙しい中ありがとうございます。よろしくお願いします」

 面接が始まった。面接官から電車は何線を使ってきたのか、乗り換えで迷ったりしなかったかなど、当たり障りのない質問をされる。


「下の名前は明るいに美しいで、『あきよし』と読むんだね。履歴書で名前を見たとき女性かと思ったよ」

「ええ、よく言われます。両親は医者からお腹の子は女の子だと言われ、名前は同じ漢字で『あけみ』と決めていたのです。しかし、いざ産まれて見てみれば、ついていたわけですから、では読み方を変えて『あきよし』にしようと決めたのです」

「はははっ」

 面接官の顔が笑顔になる。


「なんとも妙な由来ですが、尊敬する両親の名前から一文字ずつ貰ったこの名前を誇らしく思っています」

 ……決まった。絶対に聞かれる名前についてからの華麗な好感度稼ぎ。いいスタートを切れた。あとはお眼鏡に適うかどうかだ。


「ははっ、そろそろ本題に入りましょうか。まずは自己PRをしてください」

「はい。私の強みは、常に周りへ気を配り、誰かミスした場合すぐフォローできる対応力があるところです。学生時代は――」


 自己PR、志望動機、長所、短所と、お決まりの質問に答えていく。

「座右の銘はありますか?」

 ほう、座右の銘と来ましたか。特にありません、とは言えない。座右の銘、座右の銘……。


「私の座右の銘は日々精進です」


  *  *  *


 カフェ・トゥインクルに新人のバイトが入ってきた。


「ほ、本日からアルバイトに入りました、赤坂です。よろしくお願いします」

 彼女は緊張している様子だった。


「マスターの田中です。これからよろしくね」

「はいっ」

「彼はバイトリーダーのあけみちゃん。わからないこと困ったことがあったら、僕か、彼に聞いてね」

「は、はいっ」

「……はぁ、マスター、いきなり俺のことをあけみちゃんという呼び名で紹介しないでください。俺の名前はあきよしです。心と体は男です」


 誤解を生む。頭を掻きながら赤坂さんに自己紹介をした。


「ああ、ごめんごめん。呼びなれてるから、ついね。彼は田中明美くん。田中っていう苗字の人が、彼と僕とキッチンスタッフの女の子で三人いるから、便宜上呼ぶときは下の名前で呼んでもらっているんだ。ちなみに僕の名前は智で――」

「マスターのことはマスターと呼べばいいです。俺のことはあきよしと呼んでください」

「は、わかりました。あきよし先輩」

 マスターはしゅんとしていた。


「……俺、そろそろ開店準備に入ります」

 そう言って俺はホールの方へ向かう。


「赤坂さん、あけみちゃんはぶっきらぼうでだらっとした感じだけど、優しいし、面倒見がいいから怖がらずじゃんじゃん頼っていいからね」

 マスターは小声で伝える。

「わかりました」

 赤坂さんも小声で返事をした。


 ばれていないつもりだろうが、このやり取りはばっちり俺に聞こえていた。

 はぁ、新人のお守りとかめんどくさい。それにマスターが言うような、そんな大層な性格をしていない。でも命令だし、トラブル起こされてもめんどくさいから仕方がないか。


 俺は心のなかでため息をついた。


  *  *  *


 新人のバイトが入って一週間がたった。


「赤坂さん、マスターから大体の仕事の流れは教わったね? 最初しばらくは、お皿を下げたりテーブルを綺麗にしたりの清掃をやってもらう」

「わかりました」


 体や表情がガチガチに固まっている。一応マスターに聞いてみたら赤坂さんはバイトの経験はないとのことだった。緊張しているのだろう。いきなりの接客対応は避け、簡単なところから少しずつ仕事内容を増やして慣れさせようと考えた。


「道外れにある個人カフェでお昼時でもそんな忙しくないから、ゆっくり覚えていこう。俺も見てるから」

「わかりました、あきよし先輩」

 少し表情が和らいだ。


 十二時過ぎ、ぽつぽつと客が入り始めた。


「あけみっち、四番テーブルのサンドイッチとコーヒー用意できたよ」

 キッチンスタッフから声がかかる。

「了解」

 四番テーブルへ、フードとドリンクを運び終える。その瞬間だった。


 ガチャン、と食器が割れる音がした。


 振り返り、状況を確認する。二番テーブル、客の足元に割れたカップがある。それを赤坂さんが拾おうとしていた。


 早速やらかしたか。めんどくさい気持ちを抑え込みフォローに入る。

「お客様、大変失礼いたしました。お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だよ。コーヒーのおかわりをお願いしたい」

「かしこまりました。すぐご用意いたします」

 他のホールスタッフを呼ぶ。オーダー内容を伝え、最優先で用意するように伝える。


「いてっ」

 下から赤坂さんの声が聞こえた。しゃがんで指示を出す。


「赤坂さん、割れた食器は鋭利だから素手で触らない。ほうきとちりとりの場所はわかるよね?それで割れたカップを回収してバックヤードに来て。不燃ごみを捨てる場所を教える」

「ご、ごめんなさい、わかりました。すぐ回収します」


 立ち上がりキッチンへ様子を見に行く。

「二番テーブルのコーヒー、すぐ用意出来そうか?」

「おう、あけみっち、ちょうど出来たところだぜ」

「助かる」


 二番テーブルへコーヒーを運ぶ。

「お客様、お待たせいたしました」

「うん、ありがとう」


 赤坂さんの方を見る。ちょうど割れたカップの回収を終えたところだった。

「赤坂さん、不燃ごみの場所教えるからついてきて」

「はい」

 キッチンを通って奥の休憩室へ向かう。マスターがいた。


「あれっどうしたの?」

「マスター、カップ一個割れました」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 赤坂さんは何度も頭を下げる。


「いいよ、いいよ、そんな高いカップ使ってるわけじゃないし。新人はみんな通る道、失敗して当たり前だよ。そのうち慣れれば大丈夫だから。ねぇあけみちゃん」

「はぁ、一年経ってもパリパリ割ってる奴がいますけどね。原因究明とその対策をしっかりしろと言っているのに」


「ごめんなさい、空いたカップを下げたらおかわりを頼まれて、焦ってしまって」

 それで動揺してカップを落としてしまったと。頭を掻きながら考える。

 フォローするとはいってもずっと見ているほどの余裕はない。マスターのいう通り慣れれば良い話だが……。


 ――ふと、過去のことを思い出した。


 この調子で失敗が重なると緊張と不安でつぶれる。つぶれると人はどうするか。その事柄を回避する。つまり辞めてしまう。

赤坂さんは入って一週間経ったばかりの新人だ。慣れるまでフォローしてつぶれないようにしなくてはならない。

 それに、緊張と不安ばかり感じていたら疲れるだろう。


「赤坂さん、何かあったら俺や他のスタッフを呼んで。そうだな今回の場合は、オーダーは他の店員が伺いますので少々お待ちくださいって言って、その場でホールスタッフに向かってフォローお願いしますと声を出して。声良く通るし店だってそんなに広くないからキッチンまで聞こえるだろう。マスター、しばらくはこの対応を取りますが問題ないですか?」

「うん、いいよ。僕のこともじゃんじゃん呼んでいいからね」

「はい! わかりました!」

 これで良い方へ向かえばいいが。不燃ごみの場所を教えてホールへ戻る。


 ピークタイムが過ぎ、客も減ってきた。


「あけみ先輩!」

 店全体に赤坂さんの声が通る。


 ……何かあったら俺を呼べとは言ったが、その名で呼べとは言っていない。マスターの差し金か。客に誤解が生まれたに違いない。


「はぁ、どうした」

 頭を掻きながら赤坂さんの方へ向かう。


 もう本当に新人のお守りめんどくさい。なんでマスターはこの役目を俺に振ったんだ。

 しばらくはだるい日が続きそうだ。

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