未来のカタチ

りおん

未来のカタチ

梶谷かじたには、まだ決まらないか?」

「……はい」

「そうか、あまり深く考えすぎなくていいんだけどな。でも梶谷も三年生だ。時間はそんなにない。また話をさせてくれ」


 俺は「失礼します」と言って、進路指導室を後にした。

 

 俺、梶谷かじたに壮馬そうまは高校三年生。この先のことで悩んでいた。

 今日も担任の先生に呼ばれ、進路の話をした。高校三年生といえば誰もが分かる。受験生なのだ。しかし俺は先のことが全く思い浮かばなかった。


 大学に行きたいのか?

 専門学校に行きたいのか?

 それとも就職したいのか?

 自分のことを考えた時に、どうしてもやりたいことが思い浮かばないのだ。


 思い返してみれば、この高校を受験した時もそうだった。

 中学三年生の時、ギリギリまで悩んで、とりあえず自分の学力と家からの通いやすさでこの高校を選んだ。合格した時は嬉しかったが、それだけだった。


 勉強したいことがあるわけでもない。

 やりたい部活があるわけでもない。

 高校生活を楽しみたいわけでもない。

 俺はなんなんだろうな……と、ふと思うこともある。


 自分がやりたいことって、みんなどうやって考えているんだろう?

 訊いてみたい気持ちもあるが、それもなんか恥ずかしい。

 だいたい、この時期まで進路を決めていないのは俺くらいなものだろう。


 ふーっと深いため息をついて、俺は教室に戻り置いていた鞄を取って帰ろうと思っていた。

 とぼとぼと廊下を歩く。廊下の窓に映った自分を見て、またふーっとため息をつく。

 教室に入ったその時――


「――あ、壮馬、戻ってきたね」


 教室の真ん中の方から声が聞こえた。そこにいたのは一人の女の子だった。


「あ、あれ? なにしてんだ?」

「なにって、壮馬が先生に呼ばれているの見たから、戻ってくるまで待ってたんだよ」

「……あ、そ、そうなのか」

「うん」


 女の子はニコッと笑顔を見せた。この子は斉藤さいとう小麦こむぎ。俺のクラスメイトであり、幼稚園の頃からの知り合い……まぁ、一般的には幼なじみなんて言われるのかな、そんな女の子だ。


 俺たちは『壮馬』『小麦』と下の名前で呼び合い、友達以上の感覚で付き合ってきた気がする。あ、付き合ってきたと言っても、告白したとかされたとか、そういうのはない。友達以上恋人未満とでも言うのかな。


「壮馬は帰る?」

「ああ、鞄取りに来たから、帰ろうかと」

「そっか、じゃあ一緒に帰ろっか」


 俺はその言葉に返事をすることなく、鞄を取って教室を出る。小麦も後をついて来た。いつものように玄関で靴を履き替えて、駅まで歩いて行く。幼稚園の頃からの知り合いと言ったように、俺たちは家もわりと近い。降りる駅も一緒だ。


「……壮馬、もしかして進路のことで悩んでる?」


 駅のホームでぼーっとしていると、急に小麦がそう言った。顔に出ていたのだろうか。いや、先生に呼ばれたから、小麦も気づいたのかもしれないなと思った。


「……まぁ、悩んでる……かも」

「……そっか、あまり気にしないでね……とはいえ、私たちも高校三年生だからなぁ」

「そうなんだよな……小麦は本当に家の仕事継ぐのか?」

「うん、私はこれしかないって、小さい頃から考えていたからね」


 小麦の家は、両親が中華料理屋を経営している。小麦も小さい頃からお店を手伝ってきた。その姿を見たことがあるが、てきぱきとしていてとても同級生には見えなかった。


「……そっか。他のことやりたいって思ったことないのか?」

「うーん、ないかなぁ。私も好きなことはあるけど、それはそれで、高校出て仕事するっていうのも悪くないって思っててね」


 小麦が俺を見てニコッと笑顔を見せた。小柄でショートカットが似合う小麦は、なんだか妹みたいな感じだった。まぁ同級生なのだが。


「小麦は偉いな……それに比べて俺は……」

「そんなに思いつめなくていいよー、たしかに時間はないかもしれないけどさ、とりあえず大学とか専門学校とか行ってみて、そこでやりたいことが見つかるかもしれないし。もっと楽に考えてもいいんじゃないかなぁ」


 小麦がそう言ったところで、電車がホームに入って来た。俺たちは電車に乗り込む。ちょうど席が空いていたので、二人並んで座った。


「楽に……か。そんなもんかなぁ」

「そんなもんだよー。私だって考えてるようで考えてないしさ。通いやすいとことか、自分の成績を考えて合うとことか、そんなんでもいいんじゃない?」

「……そっか、小麦が考えてないってことはないんじゃないかな」

「……まぁ、壮馬がもしよかったら、うちで一緒に働くってのもありかななんて……ブツブツ」


 何かをブツブツと言っている小麦だった。最後の方の声が小さくてよく聞こえなかった。


「え? なんだって?」

「あ、な、なんでもない! とりあえず、壮馬の未来が輝かしいものでありますように!」

「お、おう、急になんなんだ……まぁいいか。もう少し考えてみることにするよ」


 電車が駅に着こうとしている。俺は外の景色を眺めながら、もう少ししっかり考えてみようかなと思っていた。

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