死について

もし、僕がいま、死んだとしたら、

もし、僕がいま、死んだとしたら、きみはなんて思うだろう。


「なにかしてあげられることがあったはずなのに」なんて言ってじぶんを責めたりするんだろうか。


「もっとああしていたら」


とか、


「あのとき、あんなこと言わなければ」


とか、


「なぜ気がついてあげられなかったんだろう」


とか、


もしかしたらきみ自身が僕を救えたかもしれない可能性について考えたりするのだろうか。


きみがそのあたまのなかで考える、後悔、みたいな感情から思い浮かぶそれらの言葉や行動が、目に見えないながらも僕は必要としていたのかもしれない、と。


きみからそんなものを与えられなくたって、僕を救えるのは僕しかいない、というそもそもの可能性について、考えたりはしないのだろうか。


僕は、きみから言われたかった言葉も、してほしかった行動も、そう言われてみればたしかにあったかもしれない。


でもそれ以上に、きみにそれを求めてしまう僕、それを期待してしまう僕、そういったものがなにより嫌いで、ほかのだれよりも僕が、そう考えてしまう僕自身を許せなかった、ということに思い当たったりしないのだろうか。


「なんで言ってくれなかったんだろう」


とか、


「言ってくれればなにかできたかもしれないのに」


とか、


僕がもし、事前に「死」という選択肢を抱えていること、そしてそれがどれほど近くに存在していて、いつでも手を伸ばすことができる距離にあって、その手を取ってしまう瞬間がいつ訪れるかわからない、ということをきみに伝えていたとして、僕がその手を取ってしまわないために──もちろんそれはきみが、僕に死んでほしくない、という思いをすくなからず持っていてくれている、ということが前提になるけれど──それに対してきみは真摯な対応をしてくれる、僕の求める態度で接するつもりがある、という約束を交わしてくれただろうか。


たとえ口先だけだったとしても。


とはいえ、もしほんとうに僕がそこまで追い詰められていたとしたって、そんなこと、到底きみに話すつもりなんて、僕にはないけれど。


きみは、僕のなにを知っている?


僕は、きみのなにを知っている?


息苦しい、と思った。


僕は、ふだんあたりまえにしている呼吸、生命維持のために仕方なく──けれど無意識に──している呼吸、止めてしまいたいとなんども願った呼吸、それがこの世界のどこにいるときよりも、きみの隣にいるときだけは、止める、などと言うことをいっさい思い当たったり考えたりすることもないまま、いつもよりうまくできている、という気がしていた。


けれどそのことについて僕は、きみといちども話し合ったことはない。


僕はきみの隣がいい、けれど、もしかしたらきみが、さきほど僕が挙げたような「ここならいつもよりうまく呼吸をできている気がする」と感じているのは、僕の隣ではないのかもしれない。


その可能性に思い当たったときにはじめて、息苦しい、と思ってしまった。


もし、きみがいま、死んだとしたら、僕はなんて思うんだろう。


「さいごまで僕らは、わかり合えなかった」と思うのだろうか。


そのとき感じる気持ちや、こころのなかに思い浮かべるはずであろう数々の言葉の発端が、「うれしい」なのか、「怒り」なのか、「哀しい」なのか、はたまた「落胆」なのか、考えをめぐらせる。


ふつうのひとはきっと、そういうときに「哀しい」以外を──あるいはそれに近しいものしか──表に出したりはしない。


そうあるべきだとだれもが信じている、というと正確ではない、それは──強制されている。


死は、悼まなければならないと。


もし、僕がいま、死んだとしたら、きみはそうしなければならない。


僕がいなくなったあとの世界でもきみは、他人の目にさらされ、ただ僕と親しくしていた、ただ僕とときどき会っていた、たとえ僕ときみが互いのこころの奥底ではわかり合えていなかったとしても──ほんとうは憎みあっていたとしても──きみが、僕という存在にほかのひとたちと比較してすこしだけ近かった──ように他人の目からは見えていた──せいで、僕ときみの関係性からすこし遠くにいたひとたちから、きみはいま、僕が死んだせいで悲しんでいる、と思われ、結果としてそうふるまわなければならない。


そうやってしばらくの期間、さきほど僕がつらつらと書きならべたことを考えてながら、きみはきみ自身を責める──ようにふるまわなければならない。


たとえ、それがだれかに奪われることがないきみの内面に浮かべる心情や感情、思い出、記憶というものがいったいどんなことを孕んで脳裏によぎるかは、正直、僕にも正確に予想することはできない。


それでもきみは、僕が死んだ世界をこれからもうまく渡り歩いていかなければならない。


そのうえで改めて僕は、きみのことを考える。


もし、僕がいま、死んだとしたら、きみはなんて思うだろう。






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発生と消滅に関する考察 ルリア @white_flower

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