第4話 嘘と本心

「あのね、タクミンはあなたを心配したのよ。その……私達も、共感覚を持っているから」


綺麗きれいな声で紡がれた言葉に驚いて、思わず顔を上げてしまった。

一瞬失敗したかと思ったけど、その考えはすぐに無くなった。


「……きれい」


「ふふっ、ありがとう。あなたもかわいい」


私の前にいた女の子は金色の髪をお団子にしてまとめ、藍色の瞳で私のことを真っ直ぐに見ていた。


女の子の後ろにある色は深い青に緑が少し混じったもの。

誰かを本気で心配する人の色だった。

女の子もそうだけどその色が、とても綺麗だと思った。


単純な好意だけで人を心配出来る人は少ないと、知っていたから。


「目を下げていてもいいから、少し歩けるかな?私達にもこの中庭の近くはしんどいから。私たちの秘密の教室を教えてあげる」


縦に首を振った私の手を引いて、女の子が歩き始める。

帽子を深くかぶっていて、更に背の低い私は歩くのが遅い。

けれど、私が歩く速さに合わせてゆっくりと歩いてくれる配慮が、嬉しかった。


右、左、右と何度か曲がって長い廊下を歩くにつれてはしゃぎ声が遠ざかっていく。


「ジャ〜ン‼︎音楽室です‼︎」


手を引かれて連れてこられたのは防音がしっかりとされている音楽室。

ピアノやギターなど、たくさんの楽器を囲むみたいに机と椅子が並んでいた。


「自己紹介がまだだったよね?私はあかねマリア、相澤あいざわ中学一年生の十三歳だよ〜‼︎共感覚は音に味と香りを感じるの。よろしくね‼︎」


さっきまでとは違って、一気に元気になったマリアさんのテンションの落差にびっくりしながら私も自己紹介をする。


マリアさんが言ってた事と同じ内容を言えばいいのかな?


「わ、私は、宮部奏ですっ‼︎明生みんせい小学三年生で、共感覚は…… 文と人の感情に、色を感じるのと、人の感じた痛みを自分も感じます。よ、よろしく、お願いします……私の声、不快じゃないですか?」


私は目の共感覚だから、音の方は全然わからなくて訊いてみる。

共感覚を持つ人は独特な感性を持つとネットで読んだことがあるから、私の声が不快な味とか匂いだったら困るなと思った。

マリアさんとは、仲良くなりたかったから。


「全っ然?むしろもっと話して欲しいな〜」


嘘の色をさせず、ニコニコとそう言ったマリアさんにつられて少し笑みを浮かべると、突然ギュッと抱きしめられた。


「あ〜〜‼︎もう、奏ちゃん可愛かわいすぎる‼︎」


「え、えっ……?」


突然すぎてどうすればいいのか分からないまま、ただただ驚いていると後ろから伸ばされた手に助けられた。


「マリア、かわいいものが好きなのはいいけど、突然人に抱きついたらダメだろ」


「タクミンは、この天使を抱きしめるなと言うのっ⁉︎」


「突然やんのは違うだろって話だ。抱きしめたいなら、ちゃんと許可もらってから抱きしめろ。……あー、俺は剣崎けんざき拓海たくみ、明生の小五。共感覚は音に色が見える。……さっきはその、悪かった。この三人の中じゃ一番歳近いから、できれば仲良くしてくれ。敬語じゃなくていいし」


私に失礼なことを言った拓海君は、紫色を帯びた黒い髪と、赤っぽい茶色の目の男の子だった。それにしても、背が高いな。

私も、あと二年間でこんな風に身長伸びるのかな?


「よろしく……?」


「っ‼︎ああ、よろしく」


「じゃあ、最後は僕かな?僕は望月もちづき圭太けいた、相澤中学の二年生だよ。共感覚は味や匂いに形を感じるのと、文字や数字に色を感じる。よろしくね」


優しい口調で自己紹介をした、こげ茶の髪と青みを帯びた黒い瞳の男の子が差し出した手を握ったら、助けてくれた時に感じたミントの香りがした。


「よろしく、お願いします」


「うん、よろしく。僕らには敬語じゃなくていいよ」


「じゃあ、よろしく……かな?」


「かっわいい‼︎これからよろしくね〜、カナちゃん‼︎」


か、かなちゃん?

まあ、拓海君の事をタクミンって呼んでたし、そういうあだ名なのかな……。


「……みんなは、何で私を助けたの?」


「何でって、別にたいそうな理由なんてないんだが……?今日は新しい子が来るって聞いてたからどんな子か見てたら、フラフラとしんどそうに歩いてるし、中庭の近くで壁に寄りかかって倒れ込むしで、これはまずいと思って助けたんだよ」


「助ける時に私達と同じ、共感覚を持ってる子だってわかったから誘っただけで、助けたのには別に理由なんてなかったよ〜」


「そこの窓から門と中庭近くの廊下が見えるんだよ。僕達はフリースクールの中でも他の子達と一緒に過ごすのは難しいから、三人でこの教室でいつも一緒に過ごしてるんだけど、君が倒れ込んだのが見えたから急いであそこまで行ったんだよ」


私の質問に続けて答えるマリアさん、拓海君、圭太さん三人の色に、嘘はなかった。

全て本心。彼らは本当に、同類だからこそ分かる苦しみを抱える私の事を心配して言ってくれていた。


「……明日からここに通うの。この教室に来てもいい?」


「もっちろんだよ‼︎カナちゃん、めちゃくちゃ歓迎だよ‼︎」


「俺と圭兄も明日は朝から来るから、また案内する」


「門まで送るよ。明日会えるのを楽しみにしてるね」


勇気を出して声に出した言葉をあっさりと肯定され、やっと嘘が本心になった。


(ここなら、通えそうだな)


初めて、心の底からそう思えた。


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