第13話 ギルドの召命


あれから一週間が経った。今日はギルド本部に行く日だ。

ティアさんは家の全身鏡を何やらいじくりまわしている。予定の時間になったら本部と転送の魔法で繋がるそうだ。


(魔人討伐に呼ばれてる冒険者……どんなのなんだろう)


ベテランと呼ばれる冒険者にはある程度共通する特徴がある。協調性があり、もう伸びきった実力を知識や別分野で補う向上心がある……しかしこれは「普通のベテラン」の話だ。例外は当たり前に存在する。

実際、過去に参加した討伐作戦でも先述した特徴に当てはまらない冒険者はそこそこいた。もちろん、皆実力はずば抜けていたが。


「アヨくん、そろそろ行く時間だ」


鏡が光り輝き、ギルド本部の内装を淡く映し出す。俺たちはその中へと、足を踏み入れた。

空気が変わる。あたたかな家のそれから、ピンと張りつめ緊張感のある空気へと。


「あれぇ?一番最後に来るノロマが誰かと思ったら、スピード狂のアヨ・スローンじゃないですか~」


嘲笑の入り混じった生意気そうな声が、最初に投げかけられる。

黒髪を肩下まであるツインテールにした彼女は、足を組み堂々とした様子でこちらを見ている。値踏みされているみたいで、少し不快だ。


「シェイナ、よい。控えろ」


ギルドマスターの荘厳な声が響き、思わず身をこわばらせる。シェイナと呼ばれた黒髪の少女も、組んだ足を戻していた。


「アヨ・スローン、それにティア殿。来てくれたこと、感謝する」


彼はそう述べるとマントから手を出し、杖を床に打ち付けカンと鳴らす。注目の合図だ。


「ではこれより、今回の標的について説明しよう」


もう一度、杖の小気味良い音が響く。すると、何枚かの書類が目の前に現れた。これを見ろということだろう。


「魔人は約ひと月半前に発生したとみられる……もっとも、村を焼くまでその所在は掴めなかったが」

「なあ、マスターさんよお。能書きはいいからさっさと襲撃したらどうだ?こっちがペチャクチャお喋りしてる間も魔人は人間を殺したくてウズウズしてるだろ」


眼帯をした茶髪の女冒険者が、粗野な声色でギルドマスターの話を遮る。ふむ、今回はもう「例外」が二人も見つかってしまった。


「ガーディア、今は弁えろ。時期を焦って返り討ちにされたとなれば、恥をかくでは済まされないぞ」


眼帯の女は舌打ちをして、あろうことか机に脚を乗せた。こいつどこまで行儀が悪いんだ。


「話が逸れたな。この女の言うことも一理ある。魔人は人を殺せば殺すだけ力を増す……早めに対処せねば被害は莫大なものになる。だがそれを阻止するために呼ばれたのが諸君だ」


三枚目の書類を見ろ、と続いた言葉に従い、その内容を見る。


「これって……」

「ああ。魔人の現在の活動拠点と、次の標的になるであろう村だ。これまでの記録にある魔人と同じなら、一度力を解放してしまえば長期間の空腹には耐えられない……三日後にはこの村は襲撃に遭うだろうな」


前回、魔人は村を半壊させた。そこで殺した人間の数を考えると、今の魔人は村を跡形もなく焼き払うくらい造作もないだろう。そんな事態はあってはならない。


「魔人の活動拠点とこの村は地形的に一本道になっている、周囲を川が囲っているからだ。そこで我々は拠点と村の間にある平原で奴を待ち伏せし、討つ」

「拠点襲撃じゃダメなのかよ?」

「当たり前だ。敵には知能があるのだ、不用意にテリトリーに入れば狩られる」

「でも、地形的に一本道って言っても人間サイズなら道選び放題じゃないですかぁ?索敵にそこまで人割けるわけでもないですよねぇ?」

「索敵は私が引き受ける」


ティアさんがここに来て初めて発言する。緊張しているのかとも思ったが、それは杞憂のようだった。彼女はいつも通り、余裕を感じさせる態度でそこにいる。


「私は自分で創った生命を使役できる……もちろん魔力探知に長けた種もいるよ。感覚を繋げることもできるから、その子たちを使えば索敵は問題にならない」

「魔力消費はどうだ?魔法が得意な者は最後まで火力になってもらわないと困る」

「はは、ばっちり低燃費さ」


ギルドマスターはその言葉を聞き、深く頷いた。ティアさんに索敵を任せるということだ。戦闘の前提を作る重大な役目だが、彼女ならきっと上手くやる。分かる人が見れば分かるのだろう。


「では、戦闘における役割を割り振っていく。総員、自身の役目をしっかりと頭に叩きこむのだぞ」


そう言われて少し経った頃。俺は予想通り、前衛を任されていた。同じ前衛なのは……


「ああ?ジロジロ見てんじゃねえ」

「げっ、アヨ・スローンと同じとか……」


「例外」二人と組むことになってしまった。どうやら俺の運は尽きていたらしい。というか、俺はこのツインテールの少女に何か目の敵にされている気がする。なぜだろう、理由を考えてもさっぱり出てこない。


「あの、俺君に何か……」


話しかけようとしたが、彼女はそっぽを向いてしまった。こんなんで本当に戦闘中連携できるのか?もう一人の方もやたら粗暴だし……先が思いやられる。


「よし、各員自身の配置は確認できたな」


周りの集団をさっと見回す。そうやらティアさんは魔法部隊に入ったようだ、魔法使いたちと何か相談をしている。


「そろそろ時間だが……今回の魔人は炎を扱うということ以外、攻撃手段に関する情報がまるでない。各々心してかかってくれ」


集まりが終了しそうな雰囲気になってきた。周囲も外套を羽織ったり、配布された書類をしまったりしている。俺も流れに合わせて上着を着たが、そういえば気になってたことがあったなと思い、忘れる前に質問をする。


「今回の討伐、教会が関わっているというのは本当ですか」


周囲の冒険者たちがざわめく。なんだ、皆気になってたんじゃないか。


「資金提供、それから……」


ギルドマスターは眉間にしわを寄せ、吐き捨てるようにこう言った。


「死体を掠め取ろうとしている」


◇◇◇


解散してから数時間後、俺たちは話しながら帰宅していた。


「死体を掠め取るってなんでしょうか?何か死体に見られたらまずいものでもあるとか」

「十中八九この前私が言ったやつだろ……ああ、ここで教会が介入するとは思わなかった」


ティアさんがイラついている。隠しているが俺も教会の人間なのでちょっと気まずい。


「ああ、もうすぐ家だ。ヴェラ寂しがってないかな」


我が家が見えてくる……と同時に、不審な人影がこちらに向かってくるのが分かった。しかも家の方から。


「アヨくん、何かくる」


とっさに身構えると、黒い服に仮面を被ったそれは一気に俺たちの目の前まで飛んできた。こいつ、早い。


(!?金の三角のペンダント……!?)


このタイミングで教会の人間が来るなんてツイてない。俺は剣を構え、ティアさんも杖を地面に突き立てる。


「ああ、そう警戒しないでください。戦いに来たのではないのです」


その怪しげな聖職者は、ティアさんの杖に目を向けるとわざとらしくため息をつく。


「残念です、アヨ・スローン。銀の逆三角を持つ者と共にいるなどなんと汚らわしい」


ティアさんの魔力が一瞬乱れる。魔法を使おうとしたが、こいつが先程家の方から来たのを思い出したんだろう。ヴェラの身に何か仕掛けられた可能性を考えると、迂闊に攻撃できない。俺たちは今、圧倒的に不利な状況だ。


「ですが、そんな貴方にも任が与えられました……貴方はこれから教会の主導する魔人暗殺任務に参加するのです、冒険者アヨ・スローン……」


ああ、最悪だ。こんなシチュエーションで、俺の秘密が彼女に知られてしまう。


「……いや、『処刑人』のアヨ・スローン?」

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錬成術士さんは神に認められる生命を創りたいそうです。 三好塵之介 @344chirinosuke

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