第12話 覚悟の鋭さ、炎、愛するもの

「……ティアさん、それ本気で言ってるんですか」

「もちろんだ。私はこんなチャンスを逃しはしない」


そう語る彼女は、心なしかいつもより目が据わっている。


「アヨくん、知っているかい?魔人は今となってはそこそこメジャーな災害、でもそれが発生し始めたのは500年前と長い目で見れば新しい部類だ」


ごくりと唾を飲み込む。この人はいったい、この後になんて言葉を続けるのだろう。

ティアさんは興奮しているかのように、ずいと顔を近づけ囁く。


「500年前の始まりの魔人には、神の祝福の残滓があったと言われている」

「……!?」


衝撃的な内容に、思わず目眩がする。俺は一応教会の人間として育てられてきたが、そんなことは一度も聞いたことがなかった。

神の祝福を受けた種と言えば、神秘的なエルフや聖花である雫蓮が思い浮かばれるだろう。

……それが、神の祝福が、魔人に?


「今となっては遠い昔の話だ、でも魔人を詳しく調べることができれば……きっと私の悲願に一歩近づく」


彼女の顔には覚悟が浮かんでいた。多分、俺が何を言ったって聞かない。それくらい、彼女の執着は根深いものなのだ。


「あー……お二人さん、熱中してるとこ悪いんだが……結局依頼を受けてくれるってことで良いのか?」


場違い感のある声に呼びかけられそちらを向くと、先程まで俺と話していた顔馴染みの冒険者が気まずそうにしていた。なんだか申し訳ない。


「もちろん、喜んで受けよう」

「ティアさん……」

「そりゃいい。これはギルド本部からの依頼だ、受けた者は一週間後に本部に行くことになってる」

「……はあ、今分かるだけでもいい。概要は」


もう仕方がないと腹を括り、顔馴染みに依頼の内容を聞く。なんとなく想像はつくが、すれ違いを防ぐためにも確認を怠ってはいけない。


「ギルドが招いた冒険者たちによる討伐隊の結成……ああそう、今回の魔人討伐には教会も一枚噛んでるそうだ」


そう、こういう不測の事態を事前に知るためにも。

教会……なぜ教会が魔人討伐に関わるんだ?魔物のことは冒険者ギルドの領分だと理解しきっていない上層部の判断……とかだろうか。


「そうと決まれば今から準備をしようか、きっと厳しい戦いになるだろうからね。アヨくん、ヴェラ、帰るよ」

「ん、はなしおわった?」

「ああ、ばっちりだ」


ティアさんが隣のテーブルでジュースを嗜んでいたヴェラを回収するのを横目に見つつ、先程の言葉たちに考えを巡らせる。何か、違和感がある、気がする。

しかしいくら考えても思考の靄が形をとる事はなく、そのまま霧散してしまう。こういうときはもう潔く諦めた方がマシだと思い、ため息をついてティアさんたちの横に並び家路についた。


俺の平穏な日々に、黒い影が忍び寄っていることも知らずに。


◇◇◇


「さて、魔人討伐についてだが」

「はい!はいはい!わたしもいく!」

「ダメだ、危険すぎる。ヴェラはお留守番」

「ティアのけち……」


口をとがらせて拗ねるヴェラを撫でくりまわして宥め、今日はもう寝なさいと言い部屋まで送る。

戻ってきたのち着席し、ティアさんの方に向き直った。討伐戦なんていつぶりだろうか?少なくともここで雇われてからは無かったはずだ。久しぶりの感覚に脳が慣れない。


「私はおそらく後方支援、アヨくんは前線になるだろう。アヨくんのことは心配してないけど、周りの冒険者がどんなのか分からないからな……」

「何か不都合があるんですか?」

「戦闘でできるだけ手柄を立てたい。ほら、こういう命に関わるような危険な依頼って戦功者に褒美が与えられるだろ?そこで魔人の死体を調べる権利を得なければ」


この人、依頼が来てなかったらどうするつもりだったんだろう。ティアさんのことだからギルドに忍び込んで勝手に調べるくらいはしそうなものだ。


「とにかく、これから私は戦闘用の合種を新しく創る。せっかく掴んだチャンスを棒に振るのはごめんだ」


彼女はガタリと音をたてて椅子から立ち上がり、工房へ向かう……はずだった。


「ミラくん……」


いつかのダンジョン攻略で斥候を務めた、スライムの肌を持つ合種ウサギのミラくん。彼がティアさんの足元に歩いてきた。

彼らには思考能力がない。ただ書き込まれた命令式で、気の高ぶった主人を落ち着かせるために擦り寄ってきただけだ。

でも、彼女はミラくんを宝物のように抱きかかえた。


「アヨくん、私はね、この子達のためにも成し遂げる必要があるんだ。神に認められる合種の創造を」

「……はい。よく分かってます」

「とても悲しく、悔しいことに、この子達は神に選ばれなかった。こんなにも、愛を受けて生まれてきたのに」


ティアさんは抱いたミラくんを優しく撫で、続きの言葉を紡いだ。やわらかな話の調子とは裏腹に、声は僅かに震えている。


「だからさ、いつか言ってやりたいんだ。私たちの末のきょうだいが、合種が、遂に神を見返してやったんだって」


主人の気が落ち着いたのを感じ取ったのか、ミラくんは身を捩りティアさんの腕から出ていった。

彼女はゆっくりとこちらを振り向き、いつもの調子で笑顔を作ってみせる。


「アヨくん、私はそのためならなんだってやる」


錬成術士、ミクロサフティアの瞳の奥に、鋭い炎を見たような気がした。きっと神をも焼き貫くような、不敬で奇跡に満ちた炎。

俺はまるで背教者のように、その炎を心底綺麗だと思った。

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