魔人襲来

第11話 街と子供時代


「明日は街へ行く」


夜、風呂上がりのヴェラの髪を拭いていた頃。工房から出てきたティアさんがやけに疲れた顔でそう言った。


「何か用事でもあるんですか?」

「ポーションをいつもの店に卸すんだよ、この家の生活費とアヨくんの給料はどこから出てると思ってるのさ」


そういえばそうだった。共同生活が板についてきてはいるが、俺とティアさんは本来雇用関係。ティアさんももちろん、人を雇えるだけの稼ぎがあるということだ。


「ティア、おかねかせぎするの?」

「そうだよ、ついでに二人も来る?ヴェラの初お出かけも兼ねて」

「いきたい!おでかけ!」


ヴェラは両手を上げぴょんぴょんと飛び跳ねる。

この前の一件を経て、俺たちは幾分か仲を深められたと思う。雨降って地固まるというやつだろうか?


「買いたいものとかあったらまとめておいて、私はもう風呂に入って寝る……」

「はい、おやすみなさい」

「わたしティアといっしょにはいる!」

「ヴェラはもう入っただろ」


元気の有り余る彼女の髪を手入れしながら、明日の外出について話し合う。直近で街に行ったのは、ダンジョンの一時封鎖の解除の件でギルド支部に呼びつけられたときか。買い物目的で行くことはあまりないんだよな。


「ヴェラ、明日楽しみか?」

「うん、しんけんにかうものかんがえる」


子供はなんにでも興味を持って、そこから好きなものを見つけていくものだ。だから、ヴェラがこうして期待してくれるのは、俺とっても喜ばしいことだった。

それに、自分が興味を持たないものでも、大切なひとが興味を持っているなら少しずつつられていくものだ。


◇◇◇


「とりあえず私は店に行ってるから。終わったら連絡するからそれまでぶらついてて」

「分かりました」

「りょうかい」


それから、俺たちはめいっぱい街を楽しんだ。露店に並ぶ物珍しい雑貨に目を奪われたり、ヴェラのために新しい服を買ってやったり。ヴェラも無邪気に子供らしく駆け回り、弾けるような笑顔を見せてくれた。


「アヨ、にもつたくさん。おもそう」

「大丈夫、これくらいなら問題ない」


思ったよりたくさん買い物をしてしまった。まあ普段散財しないから金はかなり貯まっているし、今日くらい好きに使ってもいいだろう。ヴェラも喜んでるし。


「…………」


ふと、何かの声が聞こえた気がして横を見る。ただの路地裏だ。


いや、違う。路地裏の奥、薄暗くゴミに塗れたそこで、痩せこけた子供が座っていた。


(……この街にも、こういうのはあるんだな)


当たり前のことだ。輝かしく栄えた場所があれば、薄汚く貧しい場所もある。俺の子供時代も、そうだった。


(…………)


今までなら、何事もなく通り過ぎていただろう。だって、こんなのはどこにである、ありふれた悲しみでしかない。

しかし、俺は随分変わってしまったようだ。なんとなく、ただなんとなく見ていられなくて、俺は先程買ったパンをちぎった。


「あ、落とした」

「え!?アヨもったいない、わたしたべる」

「……流石にそれは俺がティアさんに怒られる、行くぞ」


ちぎられたパンは路地裏へ転がり、薄暗いそこへと吸い込まれていった。俺にはこんなことしか出来ない。

でも、なんだか少し、俺の子供時代を肯定できたような気がした。



「……あ!アヨ、わたしあそこいきたい」


ヴェラがぐいぐいと俺の服の裾を引っ張る。彼女の小さな指が指し示す方に目を向けると、そこは冒険者御用達の路上酒場だった。ギルドの顔見知りも何人かいる。


「にくのいいにおい。アヨ、はやく」

「はいはい」


屋台で肉串を二本注文し、そのうち一つをヴェラに手渡す。肉汁が染み出て美味しい。ヴェラは肉を噛み切るのが難しいようで、珍しく無言になっていた。


(確かここ、冒険者が狩った魔物の肉を提供してるんだったか)


冒険者たちは狩った魔物を解体し、武具や魔法の触媒に使う素材にする。しかし、大体の場合肉は余りがちだ。素材ほど需要があるわけではなく、家畜の肉より獣臭いこともしばしば。そこでこういった場所に、そんな肉を卸すのだろう。余すところなく使うのは好感が持てる。


「お?そこにいるのはアヨじゃねえか!ここに来るなんて珍しいなあ、しかも娘も一緒か?」


体格の良い、顔見知りの冒険者が話しかけてくる。娘とは……?と一瞬疑問に思ったが、十中八九ヴェラのことを指しているのだろう。


「久しぶり。それとこの子は娘じゃない」

「はあ、まあそれはいいんだけどよ。なにも世間話するために呼び止めたんじゃないんだ」


彼は手に持っていた酒を机に置き、声を潜めて話し始める。


「お前は口が堅いし、頭も悪くない。実力だって文句なしだ」

「そんなに言うな、照れる」

「そんなお前を見込んで話がある」


彼の纏う雰囲気が変わる。なにか危ない仕事の依頼だろうか?


「ここのずっと西にある、外れの村が半壊した」

「……それで?」

「王都の賢者によると、なんでも少し前に誕生した魔人の仕業らしい。生まれてからそれまで力をつける為に隠れていたそうだが……」

「充分に強くなったので出てきたと」

「そういうことだな」


少し考え込む。魔人……魔人か。人間を模した魔物、それも特に凶暴な部類を指すものだ。村が半壊したと聞き、胸が痛む。きっと死人も沢山出ただろう。


「できることなら受けたいが、今はこっちの状況もな」


俺は、隣の机でいまだに肉串と悪戦苦闘中のヴェラを指し示した。顔馴染みもそれに納得したような顔をする。


「守るものが増えると弱くなるだろ、お前ほどの男が勿体ねえな」

「今の生活もそこまで悪くないぞ」


そして、彼の依頼を断る方向で話がまとまりそうになった……その時。


「あーっ、アヨくんここに居た!ちょっと聞きたまえよ、さっき魔法具店のおばさまから聞いたことなんだが……」


仕事を終えたティアさんが、早足でつかつかとこちらに向かってくる。なんだか悪い予感がしてきた。

ティアさんは、いい事を思いついたと言わんばかりの表情で口を開ける。


「西の外れで有害な魔人が出たらしい、私はそいつを研究したい!」


ああほら、やっぱりこうなった。

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