第10話 ヴェラのいちにち

今回はヴェラ視点です。

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お日様がのぼって、鳥が外で鳴きだす頃。


「おはよう、ヴェラ」

「んー……おはよう、ティア」


ティアがわたしのベッドに入り込んで、ぎゅっと抱きしめて起こしてくる。この起こし方はあたたかくて好きだけど、ティアの胸が顔に当たってちょっとジャマ。


「一緒にアヨくんを呼びに行こうか、あの子まだ鍛錬してるよ」

「アヨ、ストイック」

「おお、また新しい言葉を覚えたのか」


起き上がって、ティアにもたれかかる。いつも通り、ティアはわたしの髪を魔法でお手入れしてくれた。ティアは手が冷たいけど、魔法はあたたかい。


「ティア、いこう。そろわないとごはんたべられない」


アヨはいつも鍛錬をしている。今も強いのにもっと強くなりたいらしい。よくばりだ。


「アヨくん、そろそろ朝食の時間だ。今日の当番は君だったはずだけど?」

「……すみません、完全に忘れてました」

「はあ、そんなことだろうと思ったよ。もう作ってある、貸し一つだからな」


そんなことを言いながら、みんなでダイニングに向かう。焼けたパンのいい匂いがして、お腹が鳴ってしまった。二人が笑うので、わたしはちょっと怒った。


「「「いただきます」」」


ここに来て一か月と少しして分かってきたけど、ティアの作るご飯は、ほっぺが落ちるほど美味しいときとそうでもないときのムラが激しい。そうでもないときは大体、ゴウシュ?の研究で疲れきっているとき。今日はおいしい。焼き加減もちょうどいいし、ジャムも心なしかいつもよりみずみずしい気がする。


「ごちそうさまでした」

「おや、早かったね。この後何か予定でもあるのかい?」

「うーん、もりいく。たんけん」

「危ないことはしないようにな」

「アヨ、しんぱいしょう」


鞄の準備をしようと思い、自分の部屋に戻る。何を持っていこう?ペンとノート、ティアがくれたお守り、動物図鑑、あとは……


「あ、すいとうわすれた」


踵を返してダイニングに戻る。すると、中から二人の話し声が聞こえてきた。なにをひそひそ話してるんだろう?


「でも……ないのもダメ………しない?」

「タイミング………かしいところですが」


よく聞こえない。何について話してるんだろう、気になる。わたしは興味の向くままに、ダイニングに足を踏み入れた。


「ヴェ、ヴェラ!?」

「自分の部屋に行ったんじゃ……」

「すいとうもっていこうとおもった」


二人は安心したような顔をする。もしかして、聞かれたくないことだった?


「ねえ、さっきなにはなしてたの?」


今度は二人そろってびっくりする。ちょっとおもしろい。


「……聞こえてたのかい」

「うん」


ほんとはちょっとしか聞こえてないけど。ティアとアヨは顔を見合わせて、覚悟を決めたような表情をした。


「俺たちとヴェラに関わる、大事な話なんだ」

「なに?わたしちゃんときくよ」

「君はダンジョン……君の言う、暗くて硬い場所にいたんだ。そこまではいいね?」

「うん、おぼえてるよ。すごくこわかった」


ティアは続きを言うのをすこしためらう。


「私たちは、そこで君を殺した」


ころした?ティアとアヨが?わたしを?よくわからない、どういうことだろう。


「そのときのヴェラはこんな姿をしてた」


ティアは魔法で、赤い鳥の姿を映し出してわたしに見せる。どこか懐かしい気がした。


「私は君を合種の素材にしようとしてね、協力して君の首を落としたんだ」

「うん……」

「そしたら死体が消えて、傷だらけの君が出てきた」

「ほん、ほんとにころしたのわたし?わたしおぼえてないよ、そんな……」

「間違いなく君を殺した、魔力の波長も今の君と全く同じだった」


ショックを受ける。ほんとに二人はわたしをころしたんだ。

でもわたしは二人が好き。でも二人はわたしをころした。でも、でも、でも……


「俺たちを許すかどうかはヴェラが決めることだ。許されようとは思ってないし、罰も受け入れる」


……ゆるしたい、けどゆるしていいのかな。どうしよう、わたし、今生きてるのに。


「……きょうもりいくのやめる、へやもどる」

「あっ、ヴェラ……!」


アヨの声が聞こえたけど、速足で自分の部屋に戻った。ベッドに飛び込み、天井を見上げる。窓の外からは、雨の降り始める音がした。


◇◇◇


目を覚ます。悩み疲れて寝てしまったみたいだ。寝る前にはなかった毛布がかけられていた。

今朝のことを思い出す。二人はわたしの……鳥だったわたしのことを殺したんだ。頑張ってそのことを思い出そうとしてみても、全く思い出せない。それどころか、ダンジョンとやらにいたときのわたしは、迷ってしまったことへの不安や得体の知れない恐怖ばかり感じていたみたいだ。


(このきおくが、じぶんのものだっておもえない)


だから、二人を憎んでみようとしてもこれっぽちも上手くいかない。わたしは二人が好きだし、二人も多分わたしのことが好きだと思う。二人が気にしてる原因も覚えてないのに、これからギクシャクしちゃうのはいやだ。すごく、すごくいや。


(ちゃんとつたえよう)


わたしは覚悟を決めて、二人のいるであろう工房に向かった。


「…………ヴェラ」

「ふたりとも」


ティアとアヨは、腹をくくったような顔をした。


「わたし、どうしてもころされたことがおもいだせない。だからふたりをきらうのもむずかしい」

「ふたりにあえてよかったっておもってる。ダンジョンにいたとき、わたしはなにかにすごくおびえてた。でもいまはそんなのない、でも……」


二人の表情が固くなる。

わたしはそのまま、並んで立つ二人のおなか、その間に顔を押し付けた。腕もついでに、それぞれの体に回す。


「いちおう、ゆるさないでおく」

「……うん」

「だからばつとして、ふたりはずっとわたしのそばにいる」

「ヴェラ…………」

「だから、このはなしおわり。もうきにしてない」

「……ヴェラは大人だね」


ティアはしゃがみ込み、わたしをぎゅっと抱きしめる。少しして、アヨも一緒に抱きしめてきた。


「さんにんいっしょ、うれしい」

「……そうだね」

「ああ」


しばらく、ずっとそうしていた。ぐるぐる考えていた不快感の名残も、そのまま消えてしまったようだった。

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