第9話 穏やかな日常


「おはよう、アヨくん。寝過ごすなんて珍しいな?」

「アヨおはよう、ごはんできてる」


体にのしかかる重みで目が覚める。ああそうか、鍛錬で手ごたえがあったのが嬉しいあまりにいつもより長くやってしまって、疲れて二度寝してしまったんだった。俺は子供か?


「人のベッドに乗らないでください」

「ティアはわたしおこすとき、ふとんにはいってきてぎゅってするよ」

「アヨくんにもやろうとしたんだけど、なんかダメな気がするってヴェラにたしなめられちゃった」


心の中でヴェラに感謝する。朝っぱらからそんなことをされたら、いくらなんでも心臓に悪すぎる。


「起きますから、とりあえずどいてください」


◇◇◇


三人で食卓を囲み、朝食を食べ始める。元々俺とティアさん二人のときは、別々に食事をとることも結構な頻度であった。しかし流石にそれはヴェラの教育上よろしくないということで、皆で食卓を囲むこととなったのだ。


「これおいしい。わたしむぎすき」

「ふふ、そう言われると作った甲斐があるものだね」


ヴェラは麦とチーズのリゾットを瞬く間に平らげてしまった。いつの間にかおかわりまでしている。あれだけの魔力があるのだから、燃費が悪いのも納得だ。


「……」

「ヴェラ、俺の皿を見つめてもこれは俺のだ」

「けち!」

「はいはい」


……たまに、人の分まで欲しそうな目で見るのも、まあ可愛げというものだろう。そんなことはしないと分かっているが、ヴェラにつまみ食いされないよう早めに皿に乗ったリゾットを食べる。うん、とても美味しい。


「アヨくん、今日は何か用事あるかい?私は仕事だから、良ければヴェラと遊んでてくれないか?」

「アヨあそんでくれるの!?」


ヴェラは期待に満ち輝く目でこちらを見つめる。俺にはちょっとまぶしい。


「良いですけど、俺遊びとかよく分かりませんよ」

「分からないならこれから知ればいいだろ、ちょうど遊びの先生もいる」


ね?とティアさんはヴェラに向かって問いかける。対する少女は自信満々に、そのとおりだよ!と胸を張って応えた。


「お弁当いるかい?朝食の残りを包むくらいならするけど」

「んー、いいや。あんまりおそくならない!」

「そう?気を付けてね」


そう言うと、彼女は工房に向かっていった。今日もまた、神に認められる合種のために邁進するのだろう。いつか彼女が報われる日が来るといいな、とぼんやり思った。


「ね、かわいこ。さかなとる」

「川?」


ヴェラが来てかれこれ一か月ほど経つが、彼女は思ったより野性味あふれる感じになっていた。街に行くのはまだ早いだろう、という判断から家の周りだけで遊ばせているのもそうだが、やはり元気が有り余っているのが一番の理由だろう。


「さかなとったら、ティアがやいてくれる」


そう言うとヴェラは涎を垂らした。食欲旺盛な子だ。

そして俺はヴェラの言う通り、川へと行くことにした。


「いまからアヨにさかなとるこつ、でんじゅする」

「よろしくお願いします」


ヴェラは川の中に佇み、堂々とした声音でそう言った。もちろん、危ないので俺が後ろで彼女を支えてはいるが。


「まず、まりょくをかくす」

「おお……」


完璧に魔力を引っ込めている。ここにいるのにいないみたいだ。魔力操作のセンスが光り輝いている。


「……アヨもやらないとさかなよってこない」

「えっ、あ、ああ」


ティアさんに色々教わったとはいえ、魔力操作はいまだに苦手分野なんだよな……。何度か試してみてダメだったので、横着せず隠密魔法で代用することにした。


「そうするとさかな、よってくる。これをすばやくとる」

「本当に獲れてる……」


ティアさんがこの前話していたが、ここら辺の魚は眼が退化した代わりに魔力を探知する器官が発達しているそうだ。魔力を全く感じないのに何かがいれば、それは弱く食べやすい餌だと思って寄ってくるんだという。


「アヨもやって」

「任せろ、物理なら得意だ」


そうして俺たちは、昼までにたくさんの魚を獲ったのだった。


◇◇◇


「おかえり……ってどうしたんだそれ」


ティアさんが後ろから数匹のモフモフを引き連れながら出迎えてくれた。新しい合種だろうか。


「ヴェラと一緒に魚を獲りました」

「たいりょう!」


ヴェラは魚の入った籠を掲げてみせる。ティアさんの感想を待っているようだ。


「すごいじゃないか、お昼はその魚にしようか」


ヴェラの顔が一気にパッと明るくなった。よほど嬉しいのだろう。小さくジャンプまでし始めた。魚が落ちそうなのでそれは正直やめてほしい。


「あっこら!ヴェラ、家に入るときは手を洗うんだ」

「はーい」

「ほら、アヨくんも一緒に行ってきて」


ティアさんにぐいぐいと背中を押される。魚の入った籠も回収していってくれた。

手が魚臭いな……と思って手洗い場に向かうと、ヴェラが水の魔法石に触ってものすごい量の水を出していた。周りが水浸しになっている。


「ばれるとまずい、きょうりょくしてかたづける」

「了解」


何だか、今日は平和な一日だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る