ハエノヒメ
里香知はハエノオウと一緒にランクマッチにプレイした。
今度は負ける為にではなく、勝つためにだ。
『リカチ、キミ、ハ、るな、ノ、ツカイテ、ダッタネ?』
里香知はハエノオウのジャングルを見せてもらうために、以前使っていた「アース」というヒーローで、ランクマッチをプレイしていた。
一方でハエノオウは、その愛用ヒーローであるベルゼブブを使わなかった。
何故なら、ベルゼブブは里香知のような初心者プレイヤーには、あまりにも難しいヒーローだからだ。
むしろ、普段から使っているヒーローのほうが、動きや意図が解りやすいだろうというハエノオウの配慮だった。
里香知は、ハエノオウのようなプレイヤーがルナを実演してくれることにワクワクしていた。
と、同時に不安があった。
『リカチ、キミ、ガ、ツカウ、るな、ハ、ナイテイル。ホントウ、ノ、るな、ヲ、ミセテアゲヨウ……』
里香知は、使い続けたルナに愛着があった。
里香知にとって、ルナはレーンを手助けし、皆を勝利へと導くヒーローになる存在だった。
しかし、少しだけ心配だった。
ハエノオウがルナを扱うと、何処か冷酷な虐殺マシーンになるのではないかと。
――試合が始まった。
◇◆◇
里香知はアースで対面のヴォイスとダメージトレードをする。
里香知はヴォイスに対して苦手意識があった。
というのも、はじめてのランク以降、打ち負かされ、そして育ち切って試合を滅茶苦茶にされた経験しかない苦い相手だ。
ところが、恐らく相手のヴォイスも里香知と同じく不慣れなプレイヤーであることがわかった。
里香知のスキルが当たらないとするなら、相手のスキルも当たらないのだ。
(よかった……この相手ならいつもよりもリラックスしてプレイできるかも……)
里香知はそう思うと、深呼吸をして戦闘に集中する。
暫く続いた、練習にも似た放牧的なスキルの打ち合いが突然終わった。
ハエノオウのルナが突如現れたのである。
『ソンナ、ヒンジャク、ナ、だめーじとれーどハ、ダメダヨ!りかちクン!』
そうメッセージが来るや否や、ルナの目が光る。それは獲物を狙う豹のような鋭さだ。
目線の先にあるのはヴォイス。
そして、鷹のように素早くブリンクし、ダメージを入れ続ける。
ヴォイスも負けじと『高速射法』で大量の矢をルナに浴びせる。
相方のサポートもそれを応戦する。
ハエノオウのルナはそれを意にすることなく、手に持ったキラリと光る鋭い曲刀でダメージを入れ続ける。
二人の体力は見る見るうちに減っていく。
接近戦になるならルナのほうに分がある。
ヴォイスは勝てる筈がないとみるや、早々に退散しようとする。
だが、一筋の光がルナの足元に現れ、ヴォイスに向かって一直線に走る――。
『月の瞬き』
スキルを発動すると、ヴォイスに一直線に向かい、その曲刀で貫いた。
「ファースト・キル」
アナウンスが流れた。
あまりにも完璧だった。ルナの体力は殆ど残っていない、紙一重の戦い。
ルナのスキルが何か外れていれば、そして、何かのスキルが遅れていれば負けていただろう。
しかし、ルナは見事にヴォイスを倒した。
「すごい……」
里香知は思わず感嘆の声を上げる。
ハエノオウのルナは、里香知が操るルナとは本当に別物だった。
「まさか……あれがキルの範囲だなんて……」
ルナは、まるで本来の力を解き放つかのように、次々と敵の懐に飛び込み、相手のヒーローをキルしていった。
大人の余裕と冷静さがありながら、美しくて可憐な一面を持つルナというヒーロー。
その魅力を思う存分表現していた。
一方で、自分のプレイしていたルナが子供騙しだったような気恥しさがあった。
「これが……本物のルナの力なんだ……」
里香知は、ハエノオウのルナの圧倒的な力に魅了される。
そして、この力を自分のプレイで再現できるのか不安になる。
(私は、あのレベルまで到達できるのかな?)
フィールドは、ルナの独壇場であった。
そして、ボットレーンにテレポートしてきた、アリゲーターと、それと共に奇襲するカンフー・チェン。
ルナの体力はすでにない。
万事窮すか……。
しかし、ここでもハエノオウは冷静だった。
アリゲーターのスキルを受け流し、カンフー・チェンを避け、そしてシールドを張りながら二人の体力を削る。
そして、二人が左右からルナを挟み撃ちにしようとした瞬間に――。
『ルーン・ライト』
重力が伸し掛かり、二人を押しつぶす。
二人は体力の九割を削られ、そのまま『月の瞬き』で斬殺される。
まるで台本があったかのように、二人が仕組まれたかのように、完璧なカウンター。
里香知は、ハエノオウのルナに完全に魅了されていた。そして、そのプレイを再現したいと強く願った。
「私も……あんな風に……」
しかし、その願いは叶うのだろうか?
――相手は、ハエノオウのルナに意気消沈し、降参する。
◇◆◇
里香知は、リプレイを見返し、ハエノオウのルナを練習モードで真似し始めた。
里香知は、敵と味方のダミーを設置し、状況を再現する。
だが、どうしてもコンボがスムーズにいかない。
ああでもない、こうでもないと試行錯誤していると、急に「ナナなな」からのメッセージ。
『あっ、ナナななさん、こんばんは!どうしたんですか?』
「ナナなな」は、何時もの砕けた文体とは違って、非常に真面目な言葉遣いをした。
『りかちさん、言いにくいことなんですが……私と距離を取ってもらえませんか』
「ナナなな」のそのメッセージは、里香知を凍り付かせた。
『ナナななさん、それはどういう……』
『そうね、急にこんなこと言われても戸惑いますね。
最初から説明します。
あなたの対戦履歴を見させて頂きました。その中で、あなたは最近、ハエノオウというプレイヤーと二人でプレイしているようですね』
『はい!そうです!ハエノオウさんのルナはとても上手くて、参考にしたくて……』
『貴方は主観的にはそう思っているかもしれません。私もそれは嘘ではないというのは、りかちさんとプレイして知っています。しかしりかちを知らない他のプレイヤーから貴方はどう思われているか解りますか?』
他のプレイヤー?どういうこと?
里香知は今まで考えたこともなかった。
『率直に言いますと、貴方はハエノオウと呼ばれるプレイヤーの弱いものいじめに加担しているとしか思えないのです』
あっ……。
里香知は過去の会話を思い出した。
要は『弱い者をいじめて楽しむタイプ』というのがハエノオウだということを言いたいのだ。
『で、でも、ハエノオウさんは、私にルナのお手本を見せてくれてました!それはまるで本当に芸術的で……』
「ナナなな」は、里香知のチャットが終わる前にメッセージを返す。
『りかちさん、あなたがハエノオウを何と思うとも、客観的にリプレイを見れば、ハエノオウは不適切なレートにいて、自分より遥か格下の人間をいじめている。それは何も変わらないと思いますが?』
「ナナなな」のメッセージはあまりにも冷たくて、そして鋭かった。
里香知は目の前が真っ白になるような気がした。
『りかちさん、ちょっとショックなことを言うかもしれませんが……強いプレイヤーに囲われている女性プレイヤーを、ゲーマーの間では姫と呼んでいます。そしてりかちさん、あなたの今の状態というのは』
その里香知は、その続きを読むのが怖かった。
『ただのハエノヒメです』
里香知は固まることしかできなかった。
ゲームが下手すぎて最底辺ランクになっても、桃山里香知は『リーグオブヒーローズ』でマスターになるまで諦めない! アイアン先輩 @iron_senpai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ゲームが下手すぎて最底辺ランクになっても、桃山里香知は『リーグオブヒーローズ』でマスターになるまで諦めない!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます