負けに不思議な負けなし

『そんな深い意味はないんじゃないかなぁ』


 「ナナなな」がメッセージを送ってきた。里香知の戦歴が赤い「敗北」の文字で埋め尽くされているのを見て、心配したのだ。


『でも……やっぱり自分が強かったら勝てると思うし……』


 「ナナなな」は、お姉さんのように優しく諭す。


『全部自責しちゃダメよ。

 このゲーム、味方が圧倒的に下手だったら、里香知がどんなに上手くても負けるのよ。

 わざと負けることで味方をイライラさせて楽しむプレイヤーだっているの。

 そんなのに付き合ってどうするの?』


 里香知はふと「ハエノオウ」のことを思い出した。

 もしかして「ハエノオウ」はわざと負けようとしているのだろうか。


『前も言った通り、ランクを上げるのに一生懸命なプレイヤーばかりじゃない。たまにランクを上げるプレイヤーをあざ笑うために、わざと負けて、ランクを下げるのを楽しむプレイヤーもいるの』


 「ナナなな」は続けてこう書いてきた。


『わざと負けるプレイヤーと一緒にプレイして、ストレスたまるだけじゃない?』


 確かにそうだ。

 勝ちたい気持ちは、里香知にだってあるのだ。勝てそうな試合でも「ハエノオウ」に邪魔されて落ち込むことだって多々あった。

 それでも――。


『「ハエノオウ」さんは、負けるのが圧倒的に上手いんです、それこそ、プロのプレイヤーかと思うくらい!』


 里香知は、「ハエノオウ」を弁護するために、そのようにチャットに書き込もうとした。

 でも自分が変なことを書き込もうとしていることに気が付いて、メッセージを消して、代わりに次のメッセージを送った。


『はい、ちょっと考えてみます』


 「ナナなな」はもう寝るね、と一言メッセージを送ると「リーグオブヒーローズ」からオフラインになった。


 里香知は「ナナなな」の言葉が頭から離れなかった。


『どうせ、里香知を負けさせてからかっている、愉快犯だよ。

 さんざんからかったら捨てられるだけよ。

 今のうちに一緒にプレイするのをやめたほうがいいよ~。

 これはお姉さんからの忠告!』


 里香知は今日も寝付くことが出来ず、ベットから起き上がると、パソコンを立ち上げ直し、リーグオブヒーローズを立ち上げた。

 それは、ランクマッチをするためではなく、直近の試合を見返すためだった。

 相川やナナななは、里香知にこんなアドバイスをしていた。


 ――上手くなりたいなら、リプレイを見返す癖をつけること。

 リプレイを見返すことで、自分がどんな間違いをしているかわかる。常に仮説と検証、そして改善が上達への道だ――。


 里香知は「ハエノオウ」と一緒にプレイしたランクマッチのリプレイを見返すと、一つのことに気が付いたのだ。

 それは負けた理由が非常に多岐に渡る、ということだった。


 一つ。まずはデスして対面を育てる。

 もう一つ。集団戦の前にわざとデスをして、人数差のまま、集団戦を戦わせる。

 さらに一つ。キルをたくさん取ったとしても、無茶な位置に陣取り、相手にキャッチされてデスする。


 里香知はリプレイを見ながら、何やら難しい数学問題が解けたような、あるいはミステリー小説で先に犯人がわかったような、頭にすっきりした感情が思い描かれた。


(そうか!そうだったんだ!「ハエノオウ」が伝えたかったことって、こういうことなんだ!)


 里香知は「ハエノオウ」の意図が分かった途端、見返せるところまで、リプレイを見返した。

 そして、負けた試合の理由をメモ帳にメモしていった。

 それらの負け方は本当に重複することなく、惚れ惚れするくらいに、理由が分かれていた。

 

 ――上手い人って、勝ち方だけではなく、負け方まで上手なんだ。

 里香知はその芸術的な負け方に、舌を巻かざるを得なかった。


 確かに、勝つことだけなら誰にでもできる。

 それはプレイヤースキルの問題であったりするからだ。

 しかし、問題は「その試合になぜ勝ったのか」という理由付けだ。

 もし、その理由付けが正しければ、次の試合も再現性を持って、試合に勝つことが出来る。

 試合に勝った理由、負けた理由――それを明確にすることができる力。

 それが「ゲーム理解力」というものだ。


 そして「ハエノオウ」はプレイスキルだけでなく「ゲーム理解力」も抜群に高かったからこそ、これほどまでに負けることができるのだ。

 ――しかも、里香知にでも解りやすく。

 (すごい……本当の師匠みたいだ)

 里香知は興奮が収まらなかった。

 そして「ハエノオウ」がオンラインになった途端、感動のあまりメッセージを送ってしまった。


『ハエノオウさん!凄いです!全部、全部負け方が違うんです!こんなの初めてです!私、試合に負けるのって、自分が下手だからってバカみたいに思ってたけど、ちゃんと理由がある!』


 ハエノオウは暫く沈黙を保つ。まるで戸惑いが隠しきれないようだ。


『ナンダ?リカチ、マケツヅケテ、アタマ、オカシク、ナッタカ?』


 そんな「ハエノオウ」の冷笑的なメッセージを物ともせず、里香知は熱く語る。


『だ、だって、この直近の試合だって、この集団戦に負けたのは、ハエノオウさんのヒーローのスキルの使い方が明らかに間違ってるからですよね!つまり、これはヒーローのポテンシャルを出し切れていないから負け。

 次の試合は逆にスキルを使い果たした状態で戦おうとしています!こちらのスキルは無いのに、相手に立ち向かうと、当然キルされてしまいます!これは味方のリソースを軽視しての負け!

 次は……』


 そのようにメッセージを連投する里香知だったが、「ハエノオウ」の返事が無いことに、里香知は我に返る。


『あ、ごめんなさい……一人熱くなっちゃって……でも、これに気が付いたら、ハエノオウさんに伝えないといけないって思って』


 暫く続く沈黙。

 そして、その沈黙を「ハエノオウ」が破る。


『ハハハハハハハハ!オモシロイ、ジツ、ニ、オモシロイネ!リカチ!』


 里香知はその反応に吃驚した。里香知は、自分がトンチンカンなことを力説していて、ハエノオウを呆れさせていると思ったからだ。だけれど、その反応は真逆だった。


『リカチ!ワタシ、ハ、イロンナヒト、ト、デュオ、ヲシタ!デモ、ソンナ、ケツロン、ニ、タドリツイタ、ノハ、リカチ!キミダケダ!』


 「ハエノオウ」は愉快そうにメッセージを続ける。

 里香知は呆然としながら、ハエノオウのチャットを見守る。

 「ハエノオウ」のメッセージを読みやすく整形すると次のようになる。


 『私は、様々なプレイヤーと二人でランクマッチをプレイした。その多くは、たまたま私が気紛れに勝った試合に、コバンザメのようについていきたいプレイヤーばかりだった。

 私とプレイすれば、ランクが上がるかもしれないと期待したのよ。

 しかし、私はそもそも勝つ気は微塵もない。

 だからこっぴどく負けると、皆、呪詛と暴言を吐いて消えていった。

 面白かったよ。

 彼らは、自分の実力以上のランクが欲しくて欲しくて仕方ないのさ。

 だから、私のような、本来そのランクにいるべきではない実力のプレイヤーを捕まえて、なんとかおこぼれに預かろうとしていたのさ。

 他にも、里香知みたいなプレイヤーはいたよ。

 要は私に教えてほしいって言っていたプレイヤー。

 でもね、このプレイヤーも結局は手っ取り早く勝つ方法を知りたいだけだったんだよ。

 私が同じように負けるたびに、イライラが募り、そしてある時フレンドから消えるんだ。

 愉快だったよ。人は勝ちが絡むとこんなに醜くなるんだってね!

 しかし、里香知はそうではなかった。

 あくまでも謙虚に、自分が上手ければ、なんとかできると前向きにプレイしていた。

 どんな試合でも、自分の練習だと思って全力でプレイしていた。

 私が簡単にその試合を負けさせることができるとしてもね!それはとても滑稽で笑えたよ!』


 里香知はハエノオウが自分のことを嗤っていたことに、少しだけショックを受けた。


『しかし、私はマスターのプレイヤーとしての誇りもある。わざと負けるにも、負ける美学がある。それはあらゆる再現性のある負け筋を使うということだ。あらゆる状況で勝てるということの裏返しは、あらゆる状況でも負けられるということだ。

 そして、負けには全てに理由がある。自分や味方が弱いという以上の理由が。

 それに、気が付いたのは……』


 里香知は息を飲む。


『リカチ、キミ、ダケダ』

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