試練

「桃山さん、それはあまり関わらないほうがいいかもしれないな」


 例によって、相川と里香知は喫茶店に来ていた。

 こうなるともはや、二人にとっては半ルーチンワーク。

 納品も無事終わり、相川が会社の手伝いから去った後も、こうやって定期的に二人は会いに来ていた。

 ルーチンになると、その行動をしないことが、逆に不自然になってしまう。


「やっぱり……そうですかね……」


 里香知は、注文したカフェオレを飲みながら返事をする。それは少し弱気な口調だ。


「でも、あのハエノオウさん……凄い上手かったです!あんなプレイヤー初めて見ました……」


 里香知は目を輝かせながら言う。


「……確かにそうだな」


 相川は少し考えこむようにしながら言う。


「しかし、上手すぎるのも考え物なんだ……。普通、ランクマッチはお互いの実力が拮抗するように、プレイヤー同士がマッチするんだ。しかし、たまに明らかに上手すぎるプレイヤーが紛れ込む。そういった場合、考えられる可能性は一つあるんだ」

「一つ……ですか?」


 相川は、コーヒーを一口飲んだあと、こう言い始めた。


「……そのプレイヤーが不当に試合を負けて、自分の適正なマッチよりも遥かに弱いプレイヤーを相手に戦っている可能性だ」

「不当にゲームを負けて……」

「そうだ。なぜそんなことをするのか。一つには、自分のメインアカウントのランクが上がらない苛立ちから、わざとそういった『自分のストレスを発散させるためだけのアカウント』を作っているパターン。そして、もう一つは」


 相川はケーキを切り、そして口に放り込む。


「配信者を怒らせて反応を楽しむために、わざと配信者のランクに落としたアカウントだ」


 ◇◆◇


 里香知は部屋に戻ると、パソコンを立ち上げる。そして、『リーグオブヒーローズ』を立ち上げると、「フレンド承認が保留されたリスト」を確認する。

 そこには一人「ハエノオウ」がいた。

 里香知は何度か、そのフレンド申請を取り消そうとした。

 実際に「ナナなな」も「ハエノオウ」にフレンドを送ることに良い反応を示さなかった。


「やめたほうがいいよ。絶対、いいプレイヤーじゃないし……なんなら、りかちだってスナイプの標的にされて嫌がらせされる可能性はあるよ」


 昨日のメッセージを里香知は噛みしめる。

 ただ、里香知はそれでも「ハエノオウ」のプレイを忘れることは出来なかった。

 あのプレイを少しでも真似できれば、私はヒーローに近づけるかもしれない。

 だから、ずっと「ハエノオウ」のことが頭から離れなかった。

 気が付くと「ハエノオウ」が、フレンドリストに追加されていた。

 そして「ハエノオウ」からのメッセージ。


『ワタシ、ハ、ジャクシャ・ヘタクソ、ニ、キョウミナイ。イマスグキエロ』そう書かれていた。


 里香知は、その攻撃的なメッセージに思わずひるんだが、急いでメッセージを返す。


『私は「ハエノオウ」さんのプレイに憧れてるんです!』


 必死に文章を打つ。すると「ハエノオウ」からすぐに返事が来た。


『フザケルナ』

『キエロ、ジャクシャ・ヘタクソ』

『ワタシニ・フレルナ』

『ジャクシャ・ヘタクソ』


 そんなメッセージが次から次へと来る。

 しかし、里香知はその高圧的な態度に弱音を吐きそうだったが、それでも希望があった。

 もし、本当に「ハエノオウ」が里香知のことを疎ましいと思っているなら、そのままブロックして終了の筈だからだ。

 しかし「ハエノオウ」がこうやってやり取りをしてくれているのを考えると、「ハエノオウ」は里香知のことがそこまで嫌ではないという推測が立つ。

 むしろ「ハエノオウ」は、久しぶりにやりとりを楽しんでいるとも取れる。

 里香知は「ハエノオウ」に率直な気持ちを伝える。初めて見たベルセブブのプレイにとても感銘を受けたこと。

 「ハエノオウ」のように、上手にプレイできるようになりたいこと。


『ケッキョク、ハ、らんくヲ、アゲタイ、ダケダロ。

 オマエミタイナ、クサッタぷれいやーハ、タクサン、ミテキタ。

 ツヨイぷれいやーニ、コビテ、オネダリ、ヲ、モラウ、シカ、ノウノナイ、カワイソウ、ナ、ぷれいやーヲナ』

『誤解です!ハエノオウさん!私は上手くなりたいだけなんです!ランクを上げたいだけなんです!』


 「ハエノオウ」は次のメッセージを送ってきた。まるで、年長者が青二才に説教するかのようだ。


『ハハハハ。ウマイ・ヘタ、ハ、ナンデ、ハンダンスル?ケッキョク、ハ、らんくダロ!』

『オマエガ、イイタイノハ、ケッキョクハ、らんくヲ、アゲタイ、トイウコトダ!シカモ、らくニナ!』


 次々とメッセージが送られてくる。どうやら、ハエノオウは興奮しているようだ。


『それは本当に誤解です!本当に、私はハエノオウにジャングルを教えてもらいたいくて……』


 ハエノオウは沈黙した。そして一言呟いた。


『ナルホド。

 デハ、ジョウケン、ヲ、アタエヨウ。コレ、ニ、タエラレルナラ、ワタシ、ノ、デシ、ニ、シテヤロウ』


 ハエノオウが課した条件は一つだった。

 それは一週間「里香知」と「ハエノオウ」がランクマッチを二人でプレイすることだった。

 これに関して「ナナなな」も、そして相川猛も反対だった。


 何故なら、スナイプをするためにランクを下げているようなプレイヤーが、素行も性格も良いわけがなかった。

 それに、評判も決して良くはないだろう。

 そんなプレイヤーと遊んでいるとわかったら、里香知に対する他のプレイヤーの目も厳しくなる。

 しかし、里香知は頑なに「ハエノオウ」とプレイすることを望んだ。

 相川猛も「ナナなな」も、結局最後には折れた。


「……わかった。だが、本当に耐えられないと思ったら直ぐにフレンドを切るんだ。そこまでして我慢するようなゲームじゃないからな。俺だって、教えられるものは教えられるからな……」


 相川はそう言うしかなかった。

 そして当日になった。里香知はワクワクしながら『リーグオブヒーローズ』にログインする。

 そこには当然「ハエノオウ」がいた。

 だが、ハエノオウはベルセブブというヒーローではなく、「ミーミー」というサポートのヒーローを使っていた。

 「ユメノ」は小型のインプの形をしたヒーローで、味方にとりつき自分のステータスを味方に付与することでサポートするヒーローだった。

 しかし「ハエノオウ」がやる「ミーミー」は、ベルセブブがプレイするときとはうってかわって杜撰なものだった。

 「ミーミー」はその性質上、味方から離れ相手にスキルを入れてダメージを稼ぎつつ、いざユメ味方にとりつきにいくことで、スキルを回避できるようなヒーローだった。

 しかし、同時に少しタイミングを外せば、ミーミーの貧弱な体力では、すぐにデスしてしまう。

 そう、「ミーミー」はこのとりつき・取り外しのタイミングが非常にタイミングなのだ。

 だが、ハエノオウの操るミーミーは、ずっとスキルに当たり続け、デスしていた。


 最初は里香知は「ハエノオウ」が「ミーミー」が下手なのだと思った。

 しかし、ジャングルのモンスターを狩っている最中、「ハエノオウ」の「ミーミー」を観察していた。

 そして、里香知は「ハエノオウ」が下手なのではないということを確信した。

 なぜなら「ミーミー」は、相手のスキルが当たる絶妙なタイミングで、味方から外れ、そしてデスをしたのだ。

 つまり――デスをするのが異様に上手いのだ。

 その結論から導き出されること。

(「ハエノオウ」さん……わざと負けようとしている?)

 ボットレーンのヴォイスは、ミーミーをキルし続け、成長を遂げていた。

 そして、ボットレーンのマークスマンは、とても居心地の悪そうにタワー下にいるしかなかった。


 最初、里香知はなんで「ハエノオウ」が負けようとしているのかが理解できなかった。「ハエノオウ」のベルセブブを操るスキルなら、ボットレーンなんていとも簡単に崩壊させることなんで簡単な筈なのだ。

(でも「ハエノオウ」さんに教えを貰いたいって言ったのは私だから……)

 里香知は「ハエノオウ」に頭を下げた以上、「ハエノオウ」のプレイに文句を言うことはできなかった。

 それに、里香知は今の状況をなんとか前向きに捉えていた。


(そうだよ……前みたいに「ハエノオウ」さんみたいに、圧倒的なプレイスタイルがあったら、どんなにボットが負けていても、自力で試合を運ぶことができるんだ……だから、わざと負けて、私が試合を上手く運ぶようにさせてるんだ)


 里香知は、ルナを操り、なんとか試合を救おうとした。


(だって、「ハエノオウ」さんの力で勝っても、何にもならないもんね!)


 里香知は、ポジティヴに考える。

 だが――育ち切ったヴォイスは止まることを知らず、ルナもあっけなく粉砕されてしまう。


 里香知は来る日も来る日も「ハエノオウ」とプレイし続けた。

 そして、ハエノオウは里香知の試合を悪い意味で壊していった。

 フィード――つまり、自分の敵を育てる行為のことを「餌を与える」というのだが――それを繰り返していった。

 里香知はそれに不満はあったけれども、しかし「ハエノオウ」の試練だと思って耐えた。


 ――「リーグオブヒーローズ」は、決して味方が強くて勝てる試合だけではない。

 味方が弱く、そしてフィードを繰り返すことだってある。そんな中、自分が如何に成長し、試合に存在感を出すことが重要なのだ。

 味方に不満を抱くくらいなら、自分が上手くなることに焦点を当てる。

 そういうメッセージだと前向きに考え、里香知はプレイし続けた。

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