ハエノオウ

ハエノオウ

『りかち、ジャングルばっかりやってないで、たまには他のロールもやらないとダメだよ~』


 里香知――プレイヤーネーム「りかち」――は、「ナナなな」と一緒にランクマッチをプレイしていた。


『でも、私、ジャングルばかりやってたから他のレーンは殆ど無理で……』


 里香知は戸惑っていた。

 里香知に割り当てられたロールは、マークスマン。


 このゲームは常に希望したロールをプレイできるわけではない。

 たまに、このように自分が希望していないロールに飛ばされることがある。

 里香知はジャングルを希望していたものの、その希望を外れ、マークスマンという役割になってしまったのだ。


 マークスマン。遠距離からダメージを与え続け、フロントを溶かす役割を持っている。

 里香知は困惑しながらも、最初に使っていた『アース』をピックする。


『ダメダメ。ジャングルはいつレーンに介入して、いつ飛び込めば勝てるのかってのをちゃんと解ってなきゃダメなの。つまりレーンでプレイするプレイヤーの気持ちを知ることが大切。だから前向きにね?』


 「ナナなな」さんのようなプレイヤーがそうアドバイスするんだから、きっとそうなんだろう。

 里香知は、マークスマンは不慣れなロールだけど、前向きにプレイしようと思う。


『でも……対面育てちゃったらごめんなさい、以前、目の前のヴォイスが暴れちゃったから……』


 そう弱気なチャットを打ち返す。


『あー、私は別にランクあげたくてランクプレイしているわけじゃないから。ただの暇つぶし。楽しくプレイできればいいの!』


 「ナナなな」さんのあっけらかんとしたチャットは、里香知を安心させる。

 試合の時間だ。


 ◇◆◇


 フィールドに辿り着くと「ナナなな」は対面の名前を見て喜んでいた。


『あれ、対面の人、有名な配信者の人だ!私知ってる!』


 「ナナなな」さんは愉快そうにチャットを打ち込む。


『ゴリゴリさんこんにちは~!私、たまに配信見てます~!今日はいい試合になるよう頑張りましょう!』

 

 「ゴリゴリ Toichi」という名前の、敵のミッドレーナーは「いいね」というスタンプで返す。

 そのやりとりを見て、お互いに全力を尽くしながらも、あくまで楽しもうとする「ナナなな」の人柄に好感を持ったりした。

 そして、本格的に戦闘が始まる。

 味方のジャングルの「ベルゼブブ」は不愉快そうにその様子を見ている。


『……ナレアイ……』


 そうチャットで呟く。

 一瞬、お互いのチームに緊張感が走る。

 それを気にしていなかったのは、里香知だけだ。


 ミッドレーンはダメージトレードを繰り返している。

 確かに「ナナなな」の相手は自分の知っている配信者だ。

 なんならたまに見に行くくらいにはファンだ。

 だからこそ手を抜くことは出来なかった。

 それはゲーマーとして相手に失礼なことくらい、「ナナなな」にもわかっていたからだ。

 今の自分の全力を尽くすことが、最大の敬意。

 もちろん、「ゴリゴリ Toichi」も負けじと応戦する。


 そして、決定的な瞬間が訪れる。

 「ナナなな」が、稲荷ツクモのスキル「魅了術」を外したのだ。


 改めて解説をしよう。

 稲荷ツクモというヒーローは「魅了術」を起点として、スキルを連続して当てる(コンボ)のがとても重要だ。

 魅了術を当てると、相手は混乱し、スキルに対して無防備になる。

 そこに、連続して「狐火のオーブ」を叩き込み、そして大ダメージを当てる、というのが、基本戦術となる。

 しかし、逆に言えば「魅了術」を外してしまうと、次の「狐火のオーブ」のスキルが当たりにくくなる。

 対面の「ゴリゴリ Toichi」が扱うヤマダは、そのスキを見計らって一気に距離を詰める。


 前も書いた通り、ヤマダというヒーローは接近戦に強い。

 そして、稲荷ツクモは既に距離を詰めたヤマダに対して、対抗できるスキルが無い。

 なんとか「狐火のオーブ」でダメージを与えようとも、ヤマダは冷静にスキルをかわす。

 既に稲荷ツクモとヤマダの距離は近い。

 この距離の近さは「斬薙剣」が決まる。

 「斬薙剣」が決まれば、もう稲荷ツクモは死んでしまう。


 ――万事休す。


 その時だった。ベルゼブブが稲荷ツクモのところに現れたのだ。


『ハハハハハハハ!ごりごりクン、やまだヲツカウトキハ、キシュウ、ヲ、ケイカイ、スルンダヨ!』


 ベルゼブブは魔王形態の技「腐食」でまずヤマダにダメージを入れる。ヤマダは素早く引こうとする。

 しかし、ベルゼブブは冷静に蠅形態に戻り「群蟲の嘶き」で蠅の集団を召喚し、蠅の集団と共に距離を詰める。

 ヤマダに、まとわりつく蠅たち。

 蠅が鬱陶しくて、ヤマダは上手く攻撃が当てられない!

 そして、最後また魔王形態に戻り「絶望の嘆き」で蠅たちを短剣に変え、ヤマダをズタズタに切り裂いた。


 ――稲荷ツクモは助かったのだ。


『あ、ありがとう』


 「ナナなな」は驚きのあまり、お礼のチャットを呟いた。

 だが、ベルゼブブは黙ってまた自分のジャングルに戻っていった。

 しかし「ナナなな」は違和感に気が付く。

 ――明らかにこの動きは「ブロンズ」のそれではない。


 …。

 ……。

 一方、里香知のほうはというと……。


『うー、もう私2デスしちゃったよぉ……また味方に怒られるのかなあ』


 そして、味方のザクロからチャットが飛んでくる。


『りかちさん!何やってんすか!ちゃんとダメージ交換してくださいよ!』


 里香知は、そのチャットに思わずムキになった。


『私だって一生懸命やってるんです!でも……なんか上手くいかないんです……』


 そう弱音を吐きながらも、必死に立ち回りをしようとする。しかし、やはり上手くいかなかった。


『りかちさん、しっかりしてくださいよ!これじゃ意味ないじゃないですか!』


 そんなチャットが返って来る。里香知はイラつきながらも返事をする。


『もう……なんで私ばっかりこんな目に……』


 なんとか応戦しようにも、久しぶりにやったマークスマン。

 操作がおぼつかず、相手に少しのダメージを与えるたびに、今度は相手から酷い大ダメージを食らってしまう。

 里香知のアースは、タワーの砲台でただおとなしくするしかなかった。


『もう……どうすればいいの……?私……』


 里香知は泣きそうになりながらも、必死に立ち回ろうとする。

 しかし――そこにベルゼブブがやってきた。そして、敵のヒーロー達に立ち向かおうとする。


『えっ、ちょっとまって!?相手は2人だよ!?私は戦えないし、2人が1人にどうやって……』


 だが、そこで見た光景は里香知にとって信じられない光景だった。


 ベルゼブブが上級者向けヒーローというのには幾つか理由がある。

 まず一つに、ベルゼブブのメカニクスだ。

 ベルゼブブは、蠅と魔王の姿を巧みに使い分けなければいけない。

 個々のスキルは貧弱だが、それぞれの姿を使い合わせることによって、大きなダメージを与えるヒーローだ。


 しかし、それだけではない。

 ベルゼブブはその細かいところで、非常にポテンシャルが高いヒーローでもある。

 例えば、蠅と魔王の姿を切り替えるとき、一瞬だけ無敵状態が生まれる。

 また「群蟲の嘶き」が発動する一瞬は、全てのスキルを完全回避できたりする。


 つまり、高度な反応速度と、相手のスキル予測によってカウンターを取れるヒーローでもある。

 だが、それはベルゼブブだけではなく、全てのヒーローのスキル――つまり、どのスキルに当たってはいけないか――について精通していなければ、到底無理なのだ。

 本来、一番下のランクであるブロンズのプレイヤーが、ヒーローについて精通している筈がないのだ。

 そう、本当にハエノオウが、ブロンズだったら……。


 ベルゼブブは、魔王形態と蠅形態を巧みに切り替え、スキルを回避しながら、二対一をこなしていた。

 敵ヒーローの二人は、必死でベルゼブブに対抗するが、咄嗟に反応すべきスキルに、自らのスキルを合わせていく。

 敵ヒーローが隙を見せたら、「ハエノオウ」はすかさず攻撃を入れる。

 そしてまた一瞬無敵時間を利用してカウンターを繰り出す。

 それは魔王にふさわしい優雅なプレイだった。


『凄い……こんなことが出来るんだ……』


 里香知は、アースの操作も忘れ見入ってしまう。

 確かに「れいな」のプレイも素晴らしいものがあった。

 だが、目の前の「ハエノオウ」はそれの比では無いくらい凄まじいものがあった。

 しかし、敵も負けてはいない。ヤマダがボットレーンにやってきて「ハエノオウ」に襲いかかる。だが……。


『邪魔ヲスルナ』


 そう呟くとベルゼブブは蠅形態から魔王形態になる。

 魔王形態での近接攻撃は、ヤマダであろうとも手痛い攻撃だ。

 ヤマダが苦戦している間、敵のマークスマンであるヴォイスはなんとかベルゼブブに遠距離から攻撃を当てようとするにも、攻撃が当たるかと思う瞬間に、ベルゼブブは魔王から蠅形態に変化し、攻撃を巧みに避ける。

 そして体力のない二人を、「蠅爆弾」を使い、その中心から爆破する。


 あまりにも完璧な一対三。「ハエノオウ」の圧倒的な勝利だった。


 『凄い!すごいです!』


 思わずチャットを飛ばす里香知。

 ベルゼブブがこちらに振り向く。


 『……フン』


 そう一言だけ返すと、再び敵ヒーローに向かっていく。


 『あ、あの……ありがとうございます!』


 そうお礼のチャットを飛ばす。だが、ベルゼブブは返事をしない。

 ただ黙々と戦い続ける。

 里香知はそんな光景を見て思った。


(私もあんな風にヒーローを扱えるようになれるのかな……)


 ハエノオウは、ゲームを蹂躙し、結果相手は降参することになる。

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