スナイプ

『あんまり気にしなくていいわよ。犬に噛まれたと思って忘れちゃいなさい』


 試合が終わったあと、「稲荷ツクモ」のプレイヤーからフレンド申請が送られてきた。


 最初、里香知は怒られるのではないかとビクビクした。

 けれど、「ナナなな」と名乗るこのプレイヤーは、里香知に優しいメッセージを送ってきてくれた。


『ありがとうございます、はじめて一ヵ月くらいだからまだまだ下手で……』

『いえいえ、こちらも変に絡んじゃってごめんなさいね。あまり気にしないようにしましょう』


 里香知はなんとなく「ナナなな」と名乗るこのプレイヤーに親近感が沸くのを感じた。


『でも、あんな人って結構いるんですか?』


 「ナナなな」は汗をかいた絵文字のスタンプを送ったあと、こう言葉を続ける。


『結構はいないけど、たまにいるかなあ。あと、他にも下げランっていって、ワザと試合を負ける人もいるし』

『下げラン?』

『そう。ランクをわざと下げる行為を略して下げラン』

『それは何のためにするんですか?普通はランクを上げたいんでしょう?』

『うん。本来はね。じゃあランクをなぜ下げたいのかっていうと……』


 ◇◆◇


 麗奈は、配信でランクマッチをプレイしていた。

 ただ「れいな」のように配信で少し有名になると、「れいな」と一緒のマッチになるように、わざとマッチングの時間を合わせたりするプレイヤーも出てくる。

 このような行為を、「配信者を“狙い撃ち”する」ことから「スナイプ」と呼ばれている。


 麗奈がランクが上がらなかったのは、もちろんマクロ――大局観――が欠如していたから、というのも一つの理由であるかもしれない。

 だが、もう一つはスナイプ行為をされていたから、というのもある。

 麗奈もバカではないから、スナイプ行為を何とか避けようと、マッチングしている画面を隠してみたり、あるいはマッチングを承認せずにフェイントをかけたりしていた。


 しかし、それでもスナイパーの独特の勘なのだろうか。

 当たるときは当たるのだ。

 

 麗奈は鼻歌交じりに、ヒーローのマッチ画面を見ていた。

 ご機嫌だった。

 というのも、ランクマッチで連勝が続いており、シルバーに上がることができる範囲のランクにどんどん上がっていってたからだ。


 ――ああ、やっとシルバーか。

 長かったな。


 麗奈は、自分のことをブロンズで燻っているような器の存在じゃないと思っていた。

 だから、余計にシルバーになれるということが嬉しく感じていた。

 

 しかし、だ。

 配信にコメントが書かれる。


『あれ、れいなさん、もしかして目の前の対面って……』


 麗奈はそのコメントに驚いて、相手の対面を確認する。

 相手のジャングルの名前は「ハエノオウ」。その名前は良く知っている。

 そう、彼は……。


『レイナクン、ワタシダヨ!

 ダイブ、レンショウ、シタヨウダネ!

 コノママしるばーニ、アガレルト、ヨイネ!』


 もちろん、これは激励の言葉ではないことを麗奈は知っていた。


 麗奈は何度も「ハエノオウ」と戦ったことがある。

 しかし、彼は異常な強さを発揮し、フィールドを蹂躙し、麗奈の試合を壊した。

 明らかに、彼は「ブロンズ」にいるべきプレイヤーではなかった。

 まるでワザと麗奈に嫌がらせをするためにブロンズにいるようなプレイヤーだった。


『レイナクン、コンカイハ、タノシイゲームヲ、シヨウネ』


 麗奈は配信に乗らないように舌打ちをした。


「楽しいのは、あんただけよ」


 そう思いながら、麗奈は気合を入れる。

 弱気になってはいけない。


 どうせ、ブロンズからシルバー、ゴールド、そしてプラチナに上がった時、恐らく「ハエノオウ」のように強いプレイヤーと対峙しなければいけない。

 たまたま、当たるのが早かっただけだ。

 そうやって、前向きに捉えようとする。

 しかし――。


 試合が開始される。

 例によって、麗奈はエリザベスを優雅に操り、モンスターを狩っていき、経験値とお金を稼いでいく。


『どうせスナイパーなんて、ゴールドくらいの雑魚ですよ!れいなさんが落ち着けば全然勝てます』

『れいなさん、今日は上手くいってますよ!もしかしたらスナイパーに勝てます!』


 そのコメントの読み上げを聞いていると、無理に心を落ち着かせようとした。

 

 ――私は一人じゃない。リスナーがいるんだから。

 

 しかし、その希望も脆くも崩れる。

 エリザベスが、バフモンスターと呼ばれる一時期的なステータス上昇効果を付与するモンスターを狩ろうとしたときだった。

 そこに「ハエノオウ」が操る「「ベルゼブブ」というヒーローが現れたのだ。


 「ベルゼブブ」はとてもテクニカルなヒーローだ。

 蠅の形態で遊撃状態を取りつつ、魔王の形態に変化し、一気にバーストを入れる。

 使いこなせれば序盤からパワーを発揮する。

 ただし、この形態の使い分けが難しく、本来、ブロンズの人間だったら使いこなせないヒーローだ。

 そう、ハエノオウが本当にブロンズの実力だったら、だ。


『ミツケタヨ、レイナクン、ヤッパリネ。

 べるぜぶぶノタイメンノトキハ、もんすたーヲ、カル、ジュンバン、カエナキャ』


 麗奈は吃驚した。

 そして逃げ出そうとした。


 だが、時はすでに遅かった。

 ベルゼブブは蠅の形態で急接近する。そして接近し終わると、魔王の形態に戻り、ダメージを入れる。

 エリザベスはあっけなくキルされてしまった。


 麗奈は、呆然とディスプレイを見る。


『りーぐおぶひーろーずハ、タノシイネ?レイナクン』

「なんで……あんたみたいな奴がブロンズに……」


 麗奈は思わず言葉を漏らした。


『ナンデ?ナンデッテ、キミトアソビタイカラサ!』


 一方的な虐殺の始まりだった。


 ◇◆◇


 里香知はパソコンの電源を消すと、ベットに寝転がった。 

 「ナナなな」さんが言っていたことを思い出していたのだ。


『ゲームの遊び方って人それぞれなの。例えば、私みたいにただプレイできれば満足ってタイプ。他にはランクを上げることに情熱を燃やすタイプ。そして面倒なのは最後のタイプ』


 里香知は電気を消して寝がえりをうつ。


『弱い者をいじめて楽しむタイプ』


 里香知はもやもやした気分のまま、眠りについた。

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