トロール

「マジかよ、うちらのチーム『ブロンズ5』がいるんだけど」

「ええ……トロールじゃなくて?」

「わかんねー。プレイヤーレベルが低いから、初心者かもしれねーけどさ。でも、初心者でもブロ5はねーよ。

あれ、意図的に負けなきゃ到達できねえランクだからな」


 試合前のチャットで意見が交換される。

 それを見て、里香知は何も感じていなかった『ブロンズ5』というランクが、急に恥ずかしくなってきた。


「そんなこと言っても……今までこういうゲームやったことなかったし……」


 誰も聞いていないのに、部屋の中で言い訳をする。


「やっぱり、こうやって言われるのは嫌だなあ……」


 ちょっと落ち込んでると、前のレオニダスの言葉が蘇っていた。


『あとは俺にまかせな!』


 それは単にヒーローがランダムで呟くセリフの一つであったが、里香知には心の支えになっていた。


「そうだよね……別に、味方に迷惑をかけないくらいでいいんだ。

 みんな上手いんだから、その人たちに頼ったっていいんだよね……

 私は私のやれることをやればいいんだ」


 そうだ、誰かに迷惑をかけなければ良いのだ。

 自分が自分にできることをすればいい。


「私は……この試合に勝つんだ」


 彼女はチャットに文字を打ち込む。

 しかし、すぐに送信ボタンを押す勇気が出ない。

 このまま無視してしまおうか、と思い悩むと不意に指が動く。

 そして一言だけ書き込む。


『ブロンズ5です!よろしくお願いします!』


 ◇◆◇


 里香知は、敵と味方のマッチアップを見ながら、試合展開を考える。


 一番気になるのは、トップレーナーのヤマダだ。


 ヤマダというヒーローは、侍を模したヒーローで、確かに成長すれば試合を左右するほどのパワーがある。

 だが、ブリンクを多用するチャンプで非常に難しいヒーローである。

 そして里香知が気がかりなのは、このヤマダを使っているプレイヤーが、先ほど『ブロンズ5』に嫌味を言っていたプレイヤーだったのだ。


「ううっ、私がブロンズ5だから変な目で見てる可能性あるかも……」


 さっき嫌味を言っていたプレイヤー以外にも、多くのプレイヤーがこちらを見ているような気がした。

 

 ――試合が始まる。


 ヤマダは攻撃的に前に出てプレイしている。

 このヤマダは序盤から、ある程度は攻撃力が強く、接近戦に長けている。 

 しかし、里香知には一抹の不安が残る。


「あれほど前に出て大丈夫かなあ……」


 このゲームでは、それぞれのレーンは長さが違うように出来ている。

 フィールドは四角形になっており、レーンは、周囲2辺に道が敷かれているトップ・ボットと、そして対角線に道が敷かれているミッドという三種類になっている。

 

 本来、ヤマダというヒーローはミッドレーンと呼ばれている一番道の短いレーン用に設計されているヒーローだ。

 というのは、ヤマダのブリンクは、敵に向かって進むことは出来るが、後ろに下がることは出来ないようになっている。

 そして、ヤマダはダメージは出るが、体力はとても少ない。


 それの意味するのは何か。


「あんなに前に出てしまうと、奇襲攻撃を食らってすぐにやられてしまうよ……」


 里香知はモンスターを狩りながら、心配そうにヤマダの攻撃的なプレイを見ていた。

 案の定、ヤマダを狙ってカンフー・チェンが飛び掛かってきた。


 ヒーローの奇襲スタイルにも様々ある。


 里香知のルナというヒーローは、モンスターを狩るのが早いが、序盤は弱い。

 だから、モンスターを狩ってお金と経験値を稼ぎ、素早くレベル上げすることが大切だ。


 一方で、カンフー・チェンは、序盤からモンスターを狩るのがルナより遥かに遅い。

 だから、序盤に奇襲を繰り返すことで、相手をキルし、そのお金でパワーアップすることが重要なのだ。


 里香知は、奇襲が来ることは予見していたが、しかし前回の反省もあって、向かうと返り討ちにされるかもしれない、と慎重になっていた。

 ヤマダもルナも、中盤において強いヒーローだ。

 ヤマダは必死に応戦するが、身体が弱いヤマダは、カンフー・チェンと、敵のトップレーナーであるアリネーターにダメージを叩き込まれ、あっけなく撃沈されてしまう。


 さすがに、カンフー・チェンが奇襲を成功させたのだから、里香知も何かする必要がある。

 ミニマップを見ながら、自分も何か出来ることを探す。


 里香知が着目したのはミッドレーンだ。

 ミッドレーンに稲荷ツクモが、敵のアルファメガに善戦を尽くしている。


 稲荷ツクモは「魅了術」というスキルを相手に当てることによって、相手の動きを混乱させることが出来る。

 混乱状態になると、ヒーローが一定時間操作不可能になり、ランダムな動きにすることができる。

 そこにジャングルが手助けしてダメージを出し切ることによって、キルを簡単にとることが出来る。

 いわば、奇襲合わせに強いチャンピオンだ。


 恐らく、ミッドレーンの戦いを見る限り、相手の体力もスキルも落ち切っている状態だ。

 そこに、ルナが奇襲をすることが出来れば、もしかしたらキルを取れるかもしれない……。


 里香知は、素早く稲荷ツクモに戦えると合図を出す。

 稲荷ツクモも合わせて行けるとの合図。

 そして、稲荷ツクモはわざと相手のスキルに当たり、体力を死なない程度にして挑発する。

 押されていた敵のヒーローは、今こそが反撃のチャンスとばかりに前に出る。


「今だ……!」


 サイドから里香知のルナが飛び出す。

 敵のヒーローは、先ほど稲荷ツクモにダメージを与えるためにスキルを使ったため、けん制するためのスキルも、戦闘から逃げ出すスキルも残っていない。

 慌てて撤退しようにも、稲荷ツクモが魅了術をかけ、敵ヒーローを捕まえる。

 そして、そのままキルへ繋げる。


「やったね!」


 二人は、喜びのスタンプを押して、連携を称える。

 しかし、そんな和やかな雰囲気を打ち破るかのように、トップのヤマダの発言チャットに書き込まれる。


『おい、ジャングル何やってんだよ!』


 何やってるって……ミッドに奇襲して成功したばかりじゃない……。

 そう反論しようとした。

 でも、ヤマダを扱うプレイヤーは怒りが収まらないのか、次のような文章を送る。


『奇襲に来ないとトロールするからな!』


「トロールするって……要は『わざと迷惑行為をするって』っていう言葉だよね……」


 里香知は、相川の言葉を思い出していた。


 ◇◆◇


「そもそも『ブロンズ5』が忌み嫌われる理由は『下手だから』というわけではない。正直、ブロンズとシルバーにおいて下手さは余り変わらない。それでは、何が違うのか」


 相川はケーキを一口放り込んで、フォークを回す。


「『ブロンズ5』は、勝てる試合を放棄してしまう、独特の下手さがある。本人は大真面目なのだ。しかし、大真面目で負ける行動をしてしまう。そして、負けた行動をしたことに気が付かず、味方に怒るんだ」


 ◇◆◇


「えー、ヤマダさん、他のレーンが勝っているんだから、あなたが安全なプレイをすれば勝てるよ!」


 里香知は慌てつつも、落ち着かせるためにチャットを打ち込む。

 しかし、これが逆効果だったようで。


『うるせえ!テメエみたいなブロンズ5のせいで、俺はいつまでもブロンズの沼にいるんだよ!』

『本当は、味方さえマトモだったらゴールドいけるんだ!』

『俺は連敗中でイライラしてんだよ!またブロンズ5に落ちるなんてまっぴらごめんだ!』


「むー……」


 その怒涛の連続チャットに押され、里香知は黙るしかなかった。

 里香知は、そんなにチャットする時間があるなら、目の前のレーンでの戦いに集中すればいいのに……と思うのだけど、そんなことを書けばますます怒らせるのは目に見えていた。


 沈黙は金。


 里香知に怒涛の「助けて」という合図が送られてくる。

 要は『今すぐ支援しに来い』ということだった。

 しかし……ヤマダの対面であるアリネーターは既にヤマダを6回もキルしている。

 6キルというのは、一つの装備が完成するくらいのキル数だ。

 一方でヤマダは、碌にレーンに到達するモブ(兵士たち)を倒すことが出来ず、お金も経験値も稼げず、アリネーターよりも、レベル差も装備も差がついている。

 里香知は疑問だった。

 これだけ差が付いちゃうと、いくら奇襲したからとはいえ、もうこの対面では勝てるはずがない。


『いいから早く来い!』


 ヤマダのチャットは、ディスプレイの向こうにいる、プレイヤーの苛立ちが伝わってくるようだ。


「もういいや、どうにでもなれ……!」


 里香知は、ルナをトップへ向かわせる。

 勝算は無いわけではない。 

 ルナとヤマダはバーストダメージが出せるヒーローだ。

 もし、二人が瞬間的なダメージを出せるなら、アリネーターを落とせるかもしれない。


 ――だが。

 ヤマダは「斬薙剣」のスキルを外してしまった。

 これはヤマダの主要スキルであり、相手の弱点に切り込むことにより、大ダメージを与える必殺技だ。

 しかし、これは素早く相手の身体にすれ違う必要があるのだ。

 アリネーターは、ヤマダが「斬薙剣」を構えていると予感し、素早く避けたのだ。

 そして、相手がスキルを外すや否や、カウンタースキルを放つ。


「究極技・巨竜の誇り!」


 アリネーターの究極技は、ピンチになった状態――今回のように、2対1になったとき――、自らを奮い立たせ、そして体力と攻撃力を増加させるスキルだ。

 前回に里香知がアリネーターと戦ったとき、多対一だったためか「巨竜の誇り」は強くなかったが、今回は二対一。

 このスキルの力を最大限に使うにはうってつけの状況だった。

 そして、アリネーターのスキルは発動し「鉄を引き裂く爪」で、ヤマダの体力が九割以上削られる。


「まずい……!」


 里香知は慌てて、ルナに攻撃させるが、しかし間に合わない。

 ルナはそのままデスしてしまう。

 二人が死闘を繰り返したとしても、アリネーターの体力はまだ半分以上残っている。


『クソッ!ブロンズ5のせいで負けた!』


 チャットには、ヤマダの怒りの言葉が書き込まれる。

 里香知は本当に自分のせいなんだろうか、と思う。

 確かに、ヤマダは勝てないかもしれない。

 でも、アリネーターに瞬殺されるのはおかしいのではないか。


『あんたさ、ジャングルのせいにするのはやめなよ』


 そのチャットが書き込まれると同時に、アリネーターの身体が魔力で粉砕される。

 そこには、トップへ援護しにきた稲荷ツクモの姿がいた。


『あんたの動きずっと見てたよ。勝てないのにバカみたいに前に出て。ヤマダでセーフプレイできるなら最初から使うんじゃないよ』


 手痛い正論が稲荷ツクモのプレイヤーからチャットに書き込まれる。

 しかし、その正論にますます腹を立てたのか、ヤマダは次のようなチャットを書き込んでいた。


『うるせえ!俺は試合の勝ち負けなんてどうでもいいんだよ!俺はな、俺が気持ちよくなるためだけにゲームをやってんだよ!』


 そういうと、ヤマダは刀を手に取り、相手のタワーの砲台へと突っ込んでいく。

 タワーの砲台はヤマダの体力をみるみる削る。

 そして……相手のキル。

 要は、ヤマダは怒りのあまり「自殺」したのだ。


『俺が気持ちよくなれないゲームなんて、全部滅茶苦茶にしてやる!』


 そういいながら、自殺を繰り返した。

 ルナと稲荷ツクモはお互いに呆れた顔をして、その様子を見る。

 そして、意気消沈としているルナを慰めるかのように稲荷ツクモはこんなメッセージを送る。


『ねえ、なんで「ブロンズ5」が忌み嫌われるかわかった?』


 ルナはちょっとだけ、わかった気がする。


『要はね、ああいうメンタルの持ち主が多いからなのよ』


 画面は「降参しますか?」という確認のボタンが表示されていた。

 既に3人のプレイヤーが同意をしていた。

 里香知は理不尽に感じたけど、ヤマダが『トロール』し続ける以上、続ける意味を感じなかった。

 里香知は降参に同意した。


 そして、味方のクリスタルは木端微塵になった。

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