ブロンズ5

自分らしさ

 『リーグオブヒーローズ』のランクシステムについて説明しよう。


 『リーグオブヒーローズ』では、金属と宝石の価値で、ランクが表現されている。

 一番下はブロンズから始まり、シルバー、ゴールド、プラチナ……という形で並んでおり、その頂点は「グランドマスター」という形になっている。


 『リーグオブヒーローズ』はランクマッチをプレイすることを推奨しており、ランクマッチをプレイすることによって様々なプレゼントが送られる。

 例えば、ヒーローの外見を着せ替えできるスキン。

 あるいは感情を表現できる「エモート」というスタンプ機能。


 ただし、ランクが上がること自体によって、何かゲームで優遇されたり、何か素晴らしい特典が付与されるということはない。


 ランクは単なる腕前の証だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 しかし、付加価値がないからこそ、ランクをプレイする。


 自分はゲームが上手い。

 それを証明するためだけに。


 ◇◆◇


 それでは里香知がいる「ブロンズ5」とはどういう場所なのか……。


 いつもの喫茶店で、相川猛が里香知が解説をする。


「本来、ティア内は4つのブロックに分かれている。

 例えば、シルバーなら、シルバー4からシルバー1。

 そしてゴールドならゴールド4からゴールド1。

 これは級位みたいに4からスタートし、そして減っていく」

「ああ、シルバー1で勝ちあがると、ゴールド4に上がる、というわけですね」

「そう」


 相川は丁寧に説明する。

 しかし、里香知は不思議そうな顔をする。


「でも、私のブロンズは『5』なんですけど……」


 相川はケーキを切り、そして口に頬張る。

 そして腕を前に組み、言いだしにくそうに言葉を切り出す。


「正直言ってしまえば、ブロンズ5というのは……言ってしまえば、ブロンズにすら到達していない、とシステムに判断されているという証だ」


 里香知は戸惑いながら聞いてみる。


「あの……それって」

「うん、里香知くん。言いづらいけど……君は圧倒的に……『下手』だとシステムから思われている」


 ◇◆◇


「ま、結局、私らしいってことなのかな」


 そう言いながら、母親と夕食を囲んでいる。

 今日の夕食はカレーだ。

 素朴で何の変化はないが、家庭のカレー特有の、野菜と肉が大切りで、食べ応えがあり、そして何よりも味が優しい。

 里香知は、福神漬けと一緒に、カレーを口に運ぶ。


「あんた暗いけど、何かあったの」


 そう言って、里香知の母親が声をかけてくれる。

 いつも、何か失敗して落ち込む里香知を暖かく叱咤激励してくれる母親。


「うーん、なんだろ。自分ってどうしてこんな普通なのかなあって思って」


 母親は里香知のコップに水を継ぎ足す。

 そして、里香知の前に置いてあげる。


「あら、『普通』ってのは別に悪いことではないわよ。このカレーも普通だけど、全然美味しいでしょ」


 母親は笑顔で励ます。


「それに、里香知にいいところがあるわ。一番いいのは、今の自分を大切にして、クヨクヨしないことよ」


 里香知には、自分のいいところがわからなかった。

 自分にはいいところなんて、一つもないような気がした。

 そんなことを考えていると、いつの間にかカレーを食べ終わる。


「ごちそうさまでした……お母さんありがとう、ちょっとだけ元気が出た」


 里香知の母親は、食器とスプーンを笑顔でシンクに持っていく。


 ◇◆◇


 里香知は自分の部屋に戻ると、『リーグオブヒーローズ』のソフトを起動する。


「ランクをプレイして、自分の腕前を証明しよう!上に行けば行くほど豪華なスキンが手に入るぞ!」


 そして表示される「ブロンズ5」というティア。


「うーん、私はゲームを始めたばっかりの初心者だし、元々ゲームもそんなに上手くないって自覚はあるし……でも、やっぱりこうやって『ブロンズ5』って出ちゃうと、なんか落ち込むなあ」


 そう独り言を言って、彼女は背筋を伸ばす。


 元々、里香知は要領の良いタイプではない。


 勉強だってそんなに出来たほうじゃなかったし、運動もできない。

 かといって、美術的センスや、トークが優れているわけでもない。

 言ってしまえば、平均的。凡人。

 そして、里香知にはちょっとだけ、そこにコンプレックスがあった。

 特に特徴も特技も何もない、どうしようもなく平凡な自分。


 だから「自分だけ」の何かが欲しくて、デザイン系の専門学校に通ったあと、里香知はWeb製作会社に就職した。

 持ち前のチャレンジ精神で、何もない自分の殻を打ち破れりたいと思った。

 しかし……専門学校でも、Web製作会社でも、やはり周囲の人間は、自分よりも優れた人間が多かった。

 インターネットに未来を見出している情熱ある先輩。

 元々デザインが得意なセンスのある同期。

 逆に言えば、自分がすんなり会社に就職できたことが不思議でもあった。

 

「よし」


 里香知はパソコンの画面に目を向ける。

 マウスを動かし、ランクにマッチを入れる。


「そうだよね、お母さんの言う通り、クヨクヨしても仕方ないよね」


 暫くすると、ランクがマッチしたという効果音と共に、ヒーローを選択する画面になる。

 ――試合が始まる。

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