ランクから逃げない
二人は、いつもの、近くの喫茶店で『リーグオブヒーローズ』の話をしていた。
「ランクマッチに挑戦……?」
ランクマッチという言葉を聞くと、里香知は苦虫を潰したような顔になった。
「まあ、なんだ。上手くなりたいと思うんだったら、ランクマッチをプレイしたほうが良いのは間違いない」
相川猛は会社の手伝いをしていなかったが、気分転換に会うようになっていたのだ。
「ランクマッチは早いかな……。誰かと競争って苦手だし……。
あと、ランクマッチにトラウマもあって……」
「トラウマ?」
相川は、里香知が元気が無くなったのを機に直して、聞き返した。
「私、実は何も知らずにランクマッチをプレイした時に、味方に『邪魔』って言われて……。
いま思うとあれって私のせいで負けちゃったから、私が悪いなと思って……」
「なるほど」
相川は納得したように頷いた。
そして、コーヒーを一口飲んだ後言った。
「ランクマッチというのは、自分の弱いところが出る。スキル、知識、メンタルもだ」
「メンタル?」
里香知は聞き返す。相川は頷いた。
「そう、精神面だ。
君がランクが怖いという恐怖であったり、味方が弱いという怒りであったり、そういったメンタル面でも自分の弱さが剥き出しになる。
そして、これは私の人間観にすぎないのだが」
そういって相川は何時もの通り、ケーキを口に頬張り、フォークを振り回しながら言う。
「人間にとって、実は自分の弱いところに直面するのが、一番の恐怖なんだ。そして、自分の弱いところと対峙すること。それが一番の強さなんだ」
◇◆◇
「相川さん、まーた哲学的なことを言ってたなあ」
そう言いながら、里香知はジャングルをプレイしていた。
しかも、今回は何時ものカジュアルプレイではなく、ランクマッチだ。
「う、うう……。緊張する……」
里香知は、何時もと違う緊張感に押しつぶされそうになっていた。
そんな里香知の緊張を他所に、味方のヒーローは思い思いにダンスしたり、喜びのポーズをしていた。
その様子は、皆がランクを真剣にやりながらも、楽しもうとする姿が伝わってくる。
「私もリラックス、リラックス。別に失敗しても殺されるわけじゃないんだから。これはゲーム。ゲームなんだから……」
独り言をつぶやくと、里香知は深呼吸した。
そして、マップを確認しながら、里香知はジャングルにいるモンスターを狩り始めた。
ミニマップ上に表示される敵の位置が現れると、それを確認しながら、慎重に進んでいく。
里香知がミニマップを見ていると、トップのヒーローのアイコンが激しい衝突を繰り広げ始めていた。
目を移すと、二人がお互いのスキルを使って激しく戦いを繰り広げていた。
そこにいるのは、味方のヒーローである強面の、ガタイの強いヒーローであるレオニダス。
対面にいるのは相手のヒーローであるワニを模した、ガタイの良いリザードマンみたいなヒーロー、アリネーター。
「赤染の黒斧――!」
レオニダスはそう叫びながら、身体の半分もある大斧を振り回す。
「なんの!流水の槍!」
だが、アリネーターは自らの槍でそのスキルはじき返す。
そこで行われているのは、武器と肉体がぶつかり合う戦い。
その白熱した戦いに、里香知は息を呑む。
――しかし、だ。
レオニダスはスキルを外してしまう。
そのミスを、アリネーターは見逃さない!
「貫きの一閃!」
そういうと、レオニダスの体力を大きく削った。
その様子を里香知はマップで確認していた。
「あ、あれは、奇襲したら……ピンチのところを手助けすれば、レオニダスさんに喜んでもらえるかも」
そう思うと、里香知はルナをトップへと向かわせた。
そして、アリネーターに飛びかかろうとする。
「危ない!撤退しろ!」
レオニダスが叫んだが、既に時遅し。
ルナは既に引き返せないところまで、アリネーターに接近していた。
アリネーターの背後から現れたのは、敵のジャングルである「クンフー・チェン」だった。
(あ……)
里香知はその時、気が付いた。
相手の奇襲を迎え撃つ戦略は、里香知だけの特権的な技能ではない。
むしろ、里香知が出来るくらいなのだがら、他の人――敵側――もやることを想定するべきなのだ。
しかも、ルナが中盤にかけて強くなるタイプのヒーロータイプ。
一方で、クンフー・チェンは序盤から強く、クンフーをテーマにした機動性から、積極的に仕掛けていくのを好むタイプのヒーロー。
もっと悪いことがある。
トップの味方ヒーローであるレオニダスは、先ほどの「貫きの一閃」で体力を大幅に消耗しており、戦うことが出来なくなっていた。
一方で、アリネーターはまだ戦う余力を存分に残している。
これは何を意味するか。
この戦いには、確かに見た目上はレオニダスとルナはいる。
しかし、レオニダスは参加が出来ない。
実質、戦えるのはルナのみ。
一方で相手はアリネーターとクンフー・チェンが戦える。
状況は、一対二。
「あ……ああ……」
里香知の頭が真っ白になった。
里香知は、気が付いたらその場からルナを逃がそうしていた。
逃げているルナをクンフー・チェンはその機動性を執拗に追いかける。
「こ、怖い!」
里香知は叫びながら必死で操作する。
アリネーターとクンフー・チェンも追うように、ジャングルの中を移動していく。
しかし、機動力は二人のほうが上。
追い詰められ、、間一髪だと思ったその瞬間。
「戦って!」
見ると、そこにはミッドレーンを担当していた稲荷ツクモというヒーローがいた。
稲荷ツクモは、その名の通り、綺麗な金髪を持つ、着物を着た妖狐の姿をしているヒーローであり、妖術とその狐のような機動力で相手を翻弄するヒーローだ。
稲荷ツクモは、ミッドレーンの相手を圧倒し、そして既に自分の力ででキルをするなど、素晴らしい戦いを見せていた。
この時も、ミッドレーンの敵ヒーローはもはや戦うことが出来ず、タワー下でおとなしくしていた。
それほどまでに有利だったので、稲荷ツクモはルナを助けるために加勢しに来たのだ。
里香知は、追いかけてきたクンフー・チェンとアリネーターへ振り返り、勇気を振り絞ってルナを戦わせる。
――だが。
『龍の飛び蹴り!』
クンフー・チェンのスキルが当たり、ゲーム画面が灰色になる。
デスしてしまったのだ。
とはいえ、ルナの逃亡劇が無意味だったわけではない。
クンフー・チェンとアリネーターは、既にルナを追いかけ、トドメを刺すことにスキルを使ってしまっていた。
一方で、稲荷ツクモは、まだスキルを温存しており、戦える状態。
そこに、レオニダスが合流する。
彼は拠点に戻り、体力を回復し、装備を整えてきた。
「お嬢ちゃん!時間稼ぎありがとな!あとは俺にまかせな!」
そういうと、レオニダスは再び「赤染の黒斧」を振りかざす。
新しく装備を更新したためか、相手の体力の半分を持っていく。
勝てないと見るや、二人は引き返そうとするが……。
「処刑の一撃!」
レオニダスはそのまま二人を真っ二つにしてキルしてしまった。
レオニダスは、満足そうに振り返り、マッスルポーズを取ったあと、胸を張ってこうチャットに書き込む。
「ハッハー!おい、ジャングル。お前初心者だな!その心意気や良し!だがな、本物のランクプレイヤーの意地っつのを見せてやるからな!」
レオニダスは2キルを取ったことで勢いが付いたのか、今までの不調を取り戻すかのように、相手のアリネーターを粉砕。
トップのタワーを割って、味方のところに駆けつける。
稲荷ツクモもそれに呼応するかのように、ミッドから他の味方へと支援を行い、レーンを崩壊させる。
クンフー・シェンも、応戦しようにも、既に彼のパワースパイク(一番強い時期)をとっくに超えており、苦戦している。
その試合の中で、里香知のルナは蚊帳の外だった。
もちろん、それは本来は悪いことではない。
味方が強く、試合を強く引っ張ってくれている。
それは心強いことだった。
だが、同時に居心地の悪さを覚えたのも確かだ。
「私はこの試合にはいらないのかも……」
弱気になって、モンスターを狩りながら試合展開を見守る。
レオニダスはキルをどんどん取っていっているためか、それに呼応して雪だるま式にどんどん強くなっていく。
その勢いは止まらない!
「おい、アリネーター!なんであんなレオニダスを生み出したんだよ!これじゃ勝てねえよ!」
「それだけじゃねえぞ、稲荷ツクモがいるからこっちも厄介だ!相手は魅了術でこっちを混乱させるんだ!その中でレオニダスがやってくるんだから、たまったもんじゃない!」
敵は阿鼻叫喚だった。
里香知は、その光景を見ながら、最初のランクのように、決定的なミスを犯さなかったことについては、安心した。
同時に一抹の不安が確信に変わった。
「あ、この試合は、私はいらないんだ」
そう考えるとちょっと惨めな気持ちになった。
相手のクリスタルは破壊され、試合は勝利になった。
レオニダスと稲荷ツクモはお互いの健闘を称えあった。
そして、二人のプレイヤーにつく「MVP」という文字。
里香知は、その様子を羨ましいと思った。
「確かに、私……あの場では役立たずだったなあ……」
里香知はそう思った。
最初、クンフー・チェンにカウンターを取られてしまったせいか、どこか自分を守りに入っていたのはあるかもしれない。
味方のヒーローが弱いから戦えなかった、という責任転嫁もあったかもしれない。
しかし、その反面、自分がもっと活躍できれば、という悔しさも残った。
そして、試合結果画面と共に、里香知のランクが表示される。
里香知のランクは「ブロンズ5」。
プレイヤーの中でも最底辺のランクだった。
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