麗奈

 「それじゃーね!今日もみんな見てくれてありがとう!」


 そう言うと「れいな」は、配信用のカメラに手を振る。


 『れいなさん、お疲れ様です!』

 『れいなさん、もっとプレイしてくださいよ!』

 『れいなさん、次もシルバー目指して頑張ってください!』


 そんな言葉が書き込まれる中、「れいな」は配信のストリーミングを切る。

 

 配信が終わったあと、「れいな」はパソコンも、リーグオブヒーローズのソフトも落とさなかった。

 彼女は、ゲーミングチェアに座りなおすと「練習モード」を起動した。


 彼女は自身の愛用ヒーローであるエリザベスを選ぶ。

 そして、自分一人しかいない「ヒーローズフィールド」を駆け巡り、改めて奇襲ルートや、キャラクタースキルのコンボを確認していく。


 彼女は元々格闘ゲーマーでもあったから、コンボの練習は全く苦にならなかった。

 実際のランクマッチでも手応えだけは感じていた。

 彼女は、常に敵のジャングルを打ち負かし、パフォーマンスを叩き出していることに自信を感じていた。


 だが、勝てないのだ。


 彼女がキルを持っても味方がデスを繰り返してしまったり……。

 味方が上手くいったと思うと集団戦と呼ばれる複数のヒーローの戦いで負けてしまったり……。

 キルも味方も上手くいったと思ったら今度はバフドラゴンと呼ばれる、チームに大きいバフを与えるドラゴンを取られて逆転されてしまったり……。


 「れいな」は配信中、いつも味方に不満を漏らしていた。

 それは、彼女の信条である「思ったことは素直にはっきりと言う」ということをベースにしているからだ。

 しかし、そのように「味方」に文句を言っていたとしても、「れいな」は心の底で気が付いてはいた。


 大きくレートが上がらない理由。

 それは、「私」に問題がある……。


 「れいな」もそれは薄々感じてはいた。

 それでも、その事は認めたくなかった。

 認められなかった。


 何故なら「れいな」にはプライドがあった。

 女性ゲーマーとしてのプライド。


 「れいな」は格闘ゲームでは、師範代と呼ばれる上位体のランクを維持し続けたし、FPS—―一人称(ファースト・パーソン・シューティング)の銃撃ゲームでも、レジェンドと呼ばれる上位10%のプレイヤーしか与えられない称号を持っていた。


 「れいな」は、ゲーマーと呼ばれる男性社会の中で、自身のスキルで駆け上がったことに誇りを感じていた。

 しかし、それがリーグオブヒーローズでは上手くいかなかった。


 彼女が悩んでいると、「れいな」の母親から、スマートフォンにメッセージが掛かってくる。


『麗奈。今日もちょっと忙しいから適当に出前を取って食べてね』


 そのメッセージを既読にすると、返事することなく、メッセージアプリを切った。


「お母さん、いつも忙しそうね」


 麗奈は独り言を言う。


 「れいな」――本名・早乙女麗奈。

 父親は優秀なセールスマンで、あちこちを駆け回り、そして母親もまた大手企業で働くキャリアウーマン。

 二人はいつも忙しく、麗奈が小さい頃から家にいないことが多かった。

 だから「れいな」は、ずっと一人だった。


 でもそれは「れいな」にとって普通のことだったし、むしろ一人の時間が好きだった。

 学校では浮くことも多く、友達も少なかった。

 ただ、自宅に帰れば高級なパソコンが買い与えられていた。

 そのパソコンをつかって、彼女は一人でも楽しめるようなゲームをたくさんプレイした。それに、従兄がたびたび遊びに来てくれて、ゲームを一緒にプレイした。

 麗奈は、ゲームこそが自分の寂しさを埋めてくれる唯一の存在だった。


 従兄を除けば、一緒に遊んでくれる存在。

 それが麗奈にとって、ゲームだった。


 だから、麗奈はゲームには真面目に向き合っていた。

 しかし、その真面目さが仇となって、ついつい他人と衝突してしまう。

 残酷なことを言えば、あまり人と触れ合ってこなかったせいで、余計、麗奈の他人への思いやりが欠けていた。

 だから、麗奈はリーグオブヒーローズでも上手くいかなかったのかもしれない。


 麗奈はふとそんなことを考えた。

 しかし、頭から振り払った。


『れいなさん!いつも楽しい配信をありがとう!』


 そんなメッセージがSNSに届く。

 「れいな」は嬉しくなった。そして、そのメッセージに返事した。


『みんなありがとう!今日も頑張るね』


 そう返事をすると、またゲームの練習に戻った。

 一人の時間が苦にならないとはいえ、本当は寂しがり屋で、人と交流を求めていたからこそ、ゲーム実況配信を始めるのも自然な流れだったのかもしれない。


 麗奈は、プロプレイヤーの実況配信を見にいった。


「今のエリザベスは正直、OPもいいところOPです。オーバーパワー、つまりピックするか、それともバンするかの二択みたいな存在です!エリザベスを使えば、ランクはたちまち上がります!これは保証します!」


 その発言を聞いて、麗奈は複雑な気持ちであった。


 麗奈がエリザベスというヒーローを最近愛用しているのは、ただ単に、ゲームの環境としてメタだったからに過ぎない。

 メタというのは、いわば勝率が良い強力なヒーローであることを指す。


 最初はエリザベスに何の愛着もなかった。

 エリザベスの意地が悪く、そして何か含みを持った陰鬱な笑顔と、蜘蛛の身体を持ち合わせている姿は、どうしても自身に重なるようで嫌な気持ちになった。


 しかし、エリザベスは使い続けるうちに、彼女のプレイスタイルとマッチした。

 まるで、自分の為に作られたかのように。


 麗奈のプレイスタイルは、奇襲や奇襲からの攻撃に重点を置いていた。

 だから、敵陣の奥深くまで攻め込み、そして敵をキルするというのが基本的な戦い方だった。

 麗奈は「メタ」を言い訳に使い続けたが、しかし、初めて使ったのにも関わらず、エリザベスのプレイスタイルは性に合っていた。


 狡猾で、素早く、そして敵を翻弄するトリックスター。

 麗奈はエリザベスがソウル・ヒーローだと認めざるを得なかった。


 ただ、麗奈はエリザベスが運営の意向により、弱く調整され、そしてメタから落ちたとき、使い続けられるほどまでに愛情を注げるかどうかは、わからなかった。

 何故なら、麗奈にとっては、ランクマッチで勝利し、ティアーを上げることが全てだから。

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