キックボクシングを応援する身として

釣ール

決意

◆2018年


 友人との関係でほぼサブカルばかりの話や女性同士ならではのマウントの取り合いが隣でわめいている男性のオタトークと変わらなくなって嫌気がさした。


 昔から柿崎かきさきは引きこもり体質で進学も苦労し、周りからは「何も出来ない奴」と言われたり、そのように感じる視線が辛く友人関係は少なかった。


 だから数少ない友人と話しても世間話がつまらなくて早々そうそうに切り上げることにした。

 引きこもり体質の人間関係なんて一方的なもの。

 周りも自分も慣れているからすぐに会話が終わった。


『好きで偏った人生が素敵』


 本当にそうだろうか?

 柿崎は知らない世界をもっと観たかった。


 インターネットや現実で嫌という程見せられる景色と人間関係による負の連鎖はもうどうだっていい。


 蹴落として、自分達だけが楽しめられれば後は多様性だとか言って言い訳して昔のような狂った教育を続けるだけ。


 そんな世界が変われればと何気なくインターネット番組をザッピングしていた時のこと。


 キックボクシングという競技があり、身体が弱いとなんらかの選手紹介映像で流れた男性選手が位の高い相手選手を倒した時の中継を観てから全ての選手の世界を知りたいと考えるようになった。


 K-1という名前だけはかつて聞いたことがある。

 体育会系の人達にさんざん「お前は逃げてる」と顔がよくないことを理由にいじめられた恨みからそういうコンテンツは避けていた。


 それでも彼彼女らはインフルエンサーが流行っている中、決して自分自身の境遇を盾に閉じこもる訳ではなく存在証明のためにリングに上がって戦っていた。


 そして時に弱気だった事も勝利後のマイクで吐き出していたことに共感し、柿崎は本格的に「キックボクシング」にのめり込んでいく。


 ただし覚えることが多すぎた。

 技名も知らず、流れでプロレスにもハマったからか団体がキックボクシングでは乱立していたそこでのトップが世界でどれくらいか、または日本でどれくらいかが分からない状態だったり、古参のファンと新規のファンがSNSで荒れ、選手自身もプロモーションを自分自身でやらないといけないらしく、苦手な人は肩身が狭い思いをさせられることが多いことを知ってしまう。


 更に総合格闘技やMMAがメジャーということも後で知り、海外にトップ団体・・・いや、組織的なものがあって日本では別の団体が存在し、そこでも総合格闘技・MMAがトップであり、キックボクシングは余程突出した人間でないとピックアップされず、地上波(※テレビ)進出もかつて体育会系嫌いの時期ではしつこいほどやっていた

 印象があったのに現在では情報を知って選ばなければその世界をしれないディストピアに頭を抱えていくのだった。



◆2019年


 格闘技での話題を普段は口にしない。

 親しくなったと思った人がメジャー総合格闘技団体のファンでやりとりをしている最中に「ジモキック」なんて言われたら引きこもり時代の悪い癖で髪を長めに伸ばし、その人の後ろから


「イッペン、死ンデミル?」


 と昔流行ったダークアニメの真似を中学生の時にしていじめを止めたような仕返しをアダルティにしそうだったから。


 それとあまり熱狂的になっても選手の思惑にハマりそうで、面倒くさいファンだとバレることが正直怖かった。


 キックボクシングルールに挑戦して下さるムエタイファイターの応援をしていた時に、格闘技雑誌でトップキックボクサーの紹介記事に柿崎が応援しているムエタイファイターが載っていた。


 ルンルンとフェアな話が掲載されていると思って文章を追っていたらムエタイファイターがさも反則や卑怯な行為をし、最悪の試合だったと彼がそんなことを若くてもするはずが無いと信じているからこそトップキックボクサーの権威に負けているメディアを恨んだ。


 さらにキックボクシングとムエタイを知ろうと通販サイトで見つけた本にレビューがあり、


「日本人のムエタイはレベルが低い」という自分を棚にあげている匿名レビューを観てかつてネットストーキングで自分の誹謗中傷をしていた女に男性のフリをして騙し、思いっきり踏みつけた過去を思い出しながら



「てめえも日本人だろうが!五ヶ国語覚えて出直せダボ!」


 画面の向こうからムエタイファイターの変わりに五寸釘をレビューした人間の正中線に叩き込んでやりたいほどの憎しみを覚えた。


 それからSNSで格闘技用アカウントのフォロワーをリムブロ、ブロックをして関係を断った。


 他のサブカルアカウントやプロレスアカウントでは楽しく振る舞えるのに格闘技となると不穏な空気ばかりただよっている。


 それでも試合をLIVE中継してくれるインターネットや興行と選手には感謝しているのでグッズなども買ってどの団体がどのような売り方をし、どう購入すれば良いかは把握出来た。


 いろんなサブカルアニメやファンのマウントを見てきたけれど、格闘技は今も昔もこのやり取りが面白くてやめられない。


 柿崎はスマホをファミレスで一人いじり、選手の勝利に飛び上がる度に恥ずかしくなって席に座る。


 いつの間にか一人での生活や、男性関係でどのように接すれば良いかまで勉強して引きこもりからは卒業していた。


 正社員になれなくてもパートを掛け持ち、個人の幸せを求めることはやめていつかムエタイファイターを侮蔑した人間を探してマウントを取り続け、ストレスで追い込むために・・・なんて後ろ向きな考えは保留にして選手達の同行を応援している。

 それを機にネトストもやめた。


 いつか選手達の掘り下げが地上波や公開練習、煽りVで出ることを祈りながら。



◆2021年


 コロナ禍によってコンタクトスポーツに危機が起きてしまい、柿崎の体調も悪化。


 初めての一人暮らしからやっと二年経過する当たりでやっと出来た仕事による人間関係も悪化し、引きこもりがちになる。

 リモートワークが出来る職場でもなくて格闘技・プロレス観戦も満足にできず、適当なアニメを見て過ごすしか無かった。


 せっかく変われたのに。

 彼彼女らのおかげで。


 そこで2020年になって00年代産まれのファイター達が次々と成人し、いきつきのファミレスなどにも彼彼女らしき若手が現れてきた中、キックボクシングでも彼彼女らがプロ選手としてリングに上がるようになり、コロナ禍による混沌こんとんでもダウンしては立ち上がる姿と引退を賭けたベテランとなった2018年代ファイターも盛り上げようとまたハマっていく。


 そして柿崎は交際相手とワンナイト処女卒しょじょそつをしてからこの話題を切り札に固定概念こていがいねんの幸せから自由になれた。


 そうか。

 もう充分満たされているという感覚以上の経験をしてきたんだ!と選手応援タオルの前で祈りのポーズをささげた。


 これまでの間に旧格闘技を知るファンやフェア制のある人、またはキックボクシング寄りやガチのキックボクシングファンの悲鳴や総合格闘技を応援している方々もSNSでは声を荒らげていても内心は不安を抱えてこの世の理不尽と戦っている人だと知り、別団体や別興行へのライバル心や対抗心ゆえの口の悪さも


「この方々ならファイターをおとしめず、ちゃんと金銭を払ってこちらには手を出してこない。」


 安心感を確信し、逆に分かり合えるわけがない人間関係との戦いが柿崎にもあることを知る。


 これが痛みなんだと。

 それでも総合格闘技・MMA・トップ団体ファンの話もちゃんと聞いていきたいと何もかもを決めつけて引きこもり、または引きこもっている時に自信をもてなかった人に酷いことを言って罪悪感を抱えた日々を思い出して


「なあに。

 マニアックアニメシリーズが今みたいに人気になるまえは何度も対立煽りと戦ってきたじゃないか。

 でもコンタクトスポーツは救いがある!」


 こうしてサブカル関連と恋愛関連の思い出は大切なもの以外断捨離だんしゃりし、諦めていたことと向き合うことにした。


「リングで血だらけになっているファイターに失礼のないように。

 頑張るぞ柿崎!」


 きっと書店にある自己啓発家達も別の機会があればリングに立って誰かを励ましていたかもしれない。

 やり方は気に食わなくてもリングだったら許してた。


「なんでこんな本買ったんだろ。」


 ふん。

 リングにも上がれないで小遣い稼ぎしてる連中なんざ二度と関わるか!

 映画原作の小説でやっと読書を楽しめたからもうあんな腐った書物は読まない。

 決して!


 終わらない日常もいつか寿命が尽きたら見えなくなる。

 その日まで生きてみよう。

 この世界を。



◆現在



 生きづらさは加速すると家族持ちの上級国民にカウンセリングを受けて二度と誰も頼らないと決めたあの日を思い出した。


 00年代ファイター達も精悍せいかんな顔つきとなり、彼彼女らの同世代ファイターとストーリーができて2018年に知ったファイター達はリングを去る者と戦い続けるもので別れている。


 キックボクシングの立ち位置は変わらなくても柿崎は応援したいと今でも思い続けている。


 だからその間笑われても自分に嘘はつかず、痛みを宿したまま大人しく生きる。


 もう、独りじゃないから。

 ありがとう、みんな。

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