第8話 とある魔物

 ダンジョンの一角。

 一匹の魔物がゆっくりと道を歩いていた。


 魔物の名は無い。そもそも魔物に自我は殆どない。自分を理解する必要が無いからだ。


 されど、この魔物は自我があった。

 魔物は自分のことを【デビル】、そう呼ぶ人間にであったことがある。

【デビル】、それがどんな意味かは分からない。ただこの言葉を教えてくれた人間が恐怖の味をしていたから、多分この名前は素晴らしいものなんだと思っただけだ。


 餌は毎日毎日自分の巣穴に入ってくる。それを毎回デビルは見定めていた。

 これは美味しそうだ、これは不味そうだ、味わう場所がない。

 それは最初は本能から来るものだった。しかし時が経つにつれて、理性から来る事へと変化して行ったのだ。


 死んだ餌の首を掻っ切って、声を出す部分を飲み込んでみて。それを真似して声を出せるように努力した。

 そしたら何故か沢山餌がかかるようになった。

 嬉しいことだ。

 餌のことをもっと知りたい、デビルはそう思い幾度となく餌を観察した。


 どうやら人間というらしい。餌は人間、そして人間はどうやら仲間意識が強いようだった。

 警戒心はほかの魔物よりあり、自分たちに歯向かうすべもしっかりと持っている。


 だけど美味しい。特に全てを奪われた肉は途方もなく美味だ。


 そういえばこの前食べた人間が、何かの紙を持っていたことがあった。

 紙には自分を描いたものがあった。そうか、こうやって獲物の記憶を皆に伝えるのか。


 でもデビルには仲間が居ない。いや、いないと思い込んでいただけかもしれない。

 もし自分以外にデビルがいたら、どうなるんだろう。


 ───じゃあせっかくだし、ほかのデビルにも教えてあげよう。こんな餌が美味しかった、こんな餌を食べると元気になるよ?って。


 でも何で教えてあげよう。獲物そのままを吊るしておこうかな?でも昔それをやったら次食べた時すっぱくて嫌だったなぁ。

 すっぱくても美味しいならいいけど、あれはなにか違う気がする。


 そうだ!あの体の一部を壁に貼り付けよう。でもこれじゃ何なのか分からないかも。

 そうだ、じゃあ顔を描いてあげよう。あの手紙のように。


 ────なにか変な餌がいた。デビルに気が付かないで走り去っていったよ?

 面白い。面白い。

 なんで気が付かなかったんだろう?でも何か美味しそうだよ?食べちゃいたいなぁ。


 あれ?とっても美味しそうになった。うーん食べればきっと幸せになれるかな?


「いただきます。」


 ◇◇◇


 痛い、痛い痛い痛い痛い!!体が真っ二つにされた。どうして、どうしてどうして?!

 あの餌、餌じゃなかった。

 餌、怖いやつ。

 あれは狩るべきじゃない、あれは関わってはダメだ。


 逃げろ、逃げろ。逃げろ!


 必死に逃げるデビル。それは今まで感じたことの無い死の匂いだった。自分から発する死の匂いに、思わずこけるデビル。


 ああ、怖かった。でもあれ、あの餌とっても美味しそうだったなあ。そうだ、あれはもっと美味しくなるまで待とう、そうしよう!


 いつまで待とうかな?いつまで待てばいいかな?……


 そういえば、餌の部位で一つだけ食べてなかったものがあった。あれはぶよぶよしていて気持ち悪くて食べたくないのに。


 でも食べる方がいい気がする。食べる、食べる。


 ◇◇◇


 食べてみた結果、どうやら自我を獲得したようだ。ふうん、僕は自分のことをデビルと呼ぶことにした。

 先程食べたあれは、この記憶の主曰く……脳みそというらしいな。

 人間はどうやらたくさんの記憶と呼ばれる保持エネルギーを持っているようだ。

 ……しかしこの男の持つ記憶に出てくるあの美味しそうな男。

 あれは間違いなくあの時自分を追い詰めたやつだ。


「───キノシタ・ソウイチですか。」


 これは間違いなく美味しいはずだ。あんなに美しい恐怖の鮮度を持つ人間……間違えた、餌は見たことがありません。

 ではどうやって狩るべきでしょうか?


 ……そういえば、彼を一度襲った時に使った手口。試してみる価値はありそうですね?


 そう言うと、デビルと呼ばれた魔物は……ニヤリと笑いながら迷宮の奥へと消えていった。




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その冒険者パーティは〈アタッカー〉不在だけど最強と呼ばれています。〜バッファーだけの最強パーティの迷宮高速攻略譚。 ななつき @Cataman

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