殺しちゃってゴメン、代わりにもらってくれる?

uribou

第1話

「ふう……」


 思わずため息が漏れる。

 モテない女を喪女と言う。

 いや、学生時代には甘酸っぱい思い出がなくもないけど、就職したらサッパリだわ。

 大体出会いがないわ。

 周りにいるのは、ゾンビとグールを足して三で割ってこっち見ない男ばかりだわ。


 プログラマーの生活なんてメチャクチャだ。

 いや、全てのプログラマーがそうってわけじゃもちろんないんだろうけど。

 私の仕事場ではね。


 納期前なんか家に帰れないもん。

 過労死レベルだろうって?

 何かどこかの国では月間八〇時間以上の残業があると、過労死基準って問題視されるみたいだね。

 幸せな国だと思う。


 いい歳した女なのにボロボロだよ。

 今日は珍しく家に帰れるチャンスだったんだ。

 眠くて仕方なかったけど、車のキーを片手に仕事場を出た……。


          ◇


「おい、起きたみたいだぞ」

「そのようですね」


 目が覚めた。

 すごく寝た気がする。

 調子いい!

 こんなこと何年ぶりだろう。


「あっ、寝過ごした? 仕事……」

「うおお、この状況で仕事って呟くのかよ。オレよりブラックなんじゃねえか?」

「……どちら様で?」


 というか思わず跳ね起きたけど、ここどこ?

 バトミントンのコートくらいの殺風景な部屋に男女一人ずつがいる。

 男性はかなりガタイがいい人。

 強面ではあるけど、どことなく愛嬌のある眼をしている。

 ちょっと好みだ。


 女性は見たことないくらいの美人で、聖職者みたいな変わった服を着ている。

 メッチャ神々しいオーラみたいなもんが出てて話しかけづらいな。

 その女性が言う。


「スズカ・コノエさん。今のあなた自身の状態を把握できていますか?」

「よく眠れて気持ちがいいなあ、ってだけです」


 私のことは知っているようだ。

 免許証でも見たのかな?

 男が笑う。


「大物だなあ」

「ここはどこなのです?」

「わたくしは異世界転生をつかさどる女神、ここはわたくしのオフィスです」

「えっ?」


 いや、変な部屋だとは感じてたんだよ。

 ドアも窓もないし、変な円形の図形が床に描いてあるし。

 これが噂に聞くタコ部屋かと思ったくらい。


 でも異世界転生をつかさどる女神?

 流行のアニメで聞いたことのある言葉だけど、まさかね?


「スズカ・コノエさんの運転する乗用車は、こちらのロック・ワコーさんの運転するトラックと正面衝突しました」

「えっ?」

「オレも巻き添えで死んだ」

「えっ?」

「おいおい、覚えてないのかよ」

「た、大変申し訳ないことをいたしました」


 これはあれか。

 運転したまま寝ちゃってて、ぶつかって即死。

 だから何にも覚えてないってパターンか。

 私は自業自得だけど、ロック・ワコーさんには本当にごめんなさいだ。


「罰はいかようにも……」

「いや、まああれだ。あんたが躊躇なくぶつかってきたおかげで、オレも大して苦しまずに逝けてよ」

「ひええ」

「大体あんたも自分で何やったかの意識がねえんだろ? 罪に問えねえんじゃないか?」


 居眠り運転を罪に問えないって言うのはどうだろう?

 一方的に私が悪いのでは?


「責任問題は置いときましょう。月間四〇〇時間も仕事させる方も悪いですし、強いて言えば社会が一番悪い」

「おいおい、女神様が革命家みたいなこと言いだしたぞ?」

「そんなことよりも、ロック・ワコーさんがわたくしと契約していたことが問題なのです」

「契約?」


 女神様とワコーさんが?

 何の?


「実はロック・ワコーさんのトラック事故で亡くなった方は、わたくしが異世界に転生させるという契約を結んでいたのです」

「あっ?」


 トラックに撥ねられて異世界転生するというお話が多いことは、私も知っている。

 それが事実で、転生の女神様とトラック運転手の契約によって成り立っていたとは。


「元々はトラック運転手が人を轢いちまったという、罪悪感を減少させるために生まれた制度なんだそうだけどよ」

「制度と言いますか、試験的に導入されたということなんですけれどもね。『アース』ほど人口が多く、発展している世界は他にありません。知識や技術を持った転生者を他の世界に派遣し、恩恵を与えるためにです」

「なるほど……」

「あんたもオレも事故死だから異世界転生だそうだ」

「ははあ。ワコーさん、巻き込んでしまってすみません」

「いいんだぜ。いくら走らせても給料上がらねえ生活には、オレもいい加減クサクサしてたんだ」


 ちっとも私に恨み言を言わない。

 カラッとしたいい人だなあ。


「契約に従い、ロック・ワコーさんとスズカ・コノエさんを異世界『クルーソー』に転生させることまでは決定です」

「『クルーソー』ってのはどんな世界なんだ?」

「概ね『アース』の中世のずっと前レベルの文化度ですね。集落同士が争っているということはなくて、魔物が大きな脅威です」

「魔物……」


 怖い。

 野生のサルとかイノシシでも怖いのに、魔物なんて。


「魔物というのは何だ?」

「邪気を持った生物や精神生命体のことです。強さはまちまちですが、弱いものでも人間を殺す力を十分に持ちます」

「うえっ?」

「ゾッとしねえな。対抗するためにはどうしたらいいんだ?」

「お二人は問題ないですよ。レベルが高いですから」

「「レベル?」」


 人としての強さというか習熟度というか。

 ゲームなどにレベルという概念があることは知っている。

 でもワコーさんと私のレベルが高いとは?


「お二人とも『アース』で一生懸命働いていらしたでしょう? 転生者特典で、異世界『クルーソー』においてその経験はレベルに換算されるのです」

「「おお」」


 つまりブラック企業でメチャクチャ働いていたから、その分異世界ではプラスになる?

 何だか自分が認められたみたいで嬉しいな。

 運送業界もブラックだって聞くから、ワコーさんも結構なレベルなんだろうし。


「素の状態でも、お二人が集落近辺に現れるような普通の魔物に苦戦することはありませんよ。その上ロック・ワコーさんは『クルーソー』最強の戦士になり得る肉体の持ち主。スズカ・コノエさんのプログラミング能力は、そのまま魔法文法の組み立てに使えます」

「魔法? 『クルーソー』には魔法があるんですか?」

「あります。スズカ・コノエさんは、おそらくすぐに魔法文法を理解すると思います。『クルーソー』最高の魔法使いですよ」


 おお、すごい!

 魔法だって。

 テンション上がるわ!

 ニッコリの女神様。


「転生は基本的に、転生先の世界に恩恵をもたらしたいから行うものなのです。お二人の存在が『クルーソー』の発展に繋がることを期待します」

「転生ってことは、生まれ変わるんだな? ただ移動するだけでなくて」

「はい。お二人は既に肉体も失っていますしね」


 そうなんだ?

 今見えてるのは仮の身体なのかな?


「デフォルトの設定ですと年齢を一〇代前半に戻して転生ですね。外見も弄れますけどどうしますか?」


 若くなれるのか。

 しかも夢多き中学生くらい。

 『クルーソー』なる異世界に慣れるためにはいい年齢かもしれないな。

 もっと若いと生きづらそうだし、一〇代後半だと中世以前レベルの社会じゃすぐ結婚になりそう。

 外見は……いいや、今のままで。


「私はそれで結構です」

「オレはもうちょっとこう、男前にできないかい?」

「ええ?」


 思わず不満が漏れてしまった。


「わ、悪いかよ。オレだってモテたいんだよ」

「ワコーさん、渋いマッチョで格好いいじゃないですか」

「格好いい? ごつくて怖いって言われるんだが」

「頼り甲斐がありますよ。私は正直好みの外見です」

「そ、そうかい? じゃあオレもデフォルトの設定で」

「転生者特典で、言葉は現地住民と普通に通じますからね。集落のすぐ近くにスポーンいたします。魔物を一匹二匹狩って持っていくと、大歓迎されるはずですよ」

「わかった」「わかりました」

「ではお二人を『クルーソー』に送ります。幸せな人生をお祈りいたします」


          ◇

 

 『クルーソー』では魔物を倒せる人はすごく尊敬されることがわかった。

 女神様の言う通り、たまたま見かけた魔物をぶん殴って倒して(いきなり飛び掛かってきたから)集落に持ってったら驚かれて。

 しかも肉の美味しい魔物らしく、皆に分けたら大喜びされ、すぐに馴染むことができた。


 魔物退治はワコーさんと私の仕事になり、まあいつも一緒に行動してれば自然に仲良くなるもんだ。

 魔物退治を教えてくれって人がいると連れてって。

 レベルって魔物の退治していても上がるんだよ。

 私の開発した魔法と魔物除けも寄与して、無敵の対魔物戦闘集団と広大な村域を手に入れた。


 私達の持っていた栄養と衛生に関する知識、及び回復と治癒の魔法は、死亡率を大きく減少させた。

 また、混合農業の導入は大きな食物生産力に繋がり、近隣では中心的な集落となった。

 魔物除けを利用した魔物の出ない街道が完成すると、開発は加速する。

 街道は海にまで達した。


 海には魔物は少ないが、たまにシーサーペントやクラーケンのような大物が出る。

 対魔物装備を実装した大型船を配備すると、安全に漁業を行えるようになった。

 この頃には小さいながらも国と呼べる勢力になっていた。

 ワコーさん……ロックは王として推戴された。


 私?

 御想像の通りだよ。

 ロックの妻として、最強の魔道士として、夫とともに王国に君臨しているよ。


 だって『アース』の知識を持つのが私達だけなんだよ?

 本当の意味で助け合えるのがお互いだけ。

 距離も縮まるわ。

 ロックはいい人だし、外見も好みだし。


 ちなみに結婚式でブーケトスやったら、『クルーソー』でも流行った。

 幸せを次の人にも与えるという考え方が素敵なんだって。

 何だか恥ずかしい。


 夫が言う。


「ん? スズカどうした?」

「『アース』での暮らしより、『クルーソー』での暮らしの方がよっぽど楽しいなあと思って」


 『アース』は豊かで何でも手に入る世界だったかもしれない。

 でもいつも追い詰められた気持ちでいた。

 苦しかった。


「どんどん発展するって面白いよな」

「しかも成果が目に見えるでしょ? やる気になるわあ」


 今はもちろん足りないものが多いなあと思うんだけど、時間が経つほどもっと良くなるって信じられるから。

 毎日が楽しい。

 何より……。


「楽しいのは、オレがいるからってこともあるだろ?」

「うん」

「オレもスズカがいるから嬉しいな。前の世界では全然モテなかったんだぜ」


 不思議だな。

 ロックは素敵な人なのに。

 愛嬌のある眼を見つめる。


「愛してる」

「私も」


 唇を重ね、そして微笑み合う。

 視線が合い、背後にロックの夢が見えた気がした。

 ロックにも私の夢が見えているだろうか?

 重なる私達の未来、そして『クルーソー』もこれからだ。

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