夜が開けて




「すみません。昨日のことはあまり覚えていなくて。

 よかったらお二人のことを聞かせていただけませんか?」


 目が覚めたアイリーンはオルランドとジーニィの二人が看病してくれたことを知り、感謝していた。

 額に置かれた冷たいタオルを触らながら話し出す。


「俺か? 俺はオルランド。あっちの青い人はジーニィさん。そんなにかしこまらなくていいぜ。年も近いだろ」


 オルランドは空いているベッドに腰掛け、回復しつつある彼女にそう言った。

 とはいえ昨日の彼女が使用した魔法は一時的とはいえ強力なものであり、母であった魔物を殺す、という行為が危うさをにおわせてどこかまだ不安ではあった。


 ジーニィは隣の部屋で仮眠をとっている。

 あとどれくらいの時間でこの船は幸甚の国へと着くのだろうか。


「お二人も幸甚の国に……?」


「まぁね。最近この辺りの人が消息を経ってる、ってんで調査の依頼が入ったんだ。李・ポルシェの街はもうダメだね。完全に乗っ取られてる」


「そうですか……」


 その話を聞いてこの船に乗ったことを後悔し始めるアイリーン。表情が暗くなり、影を落とす。


「アイリーンはどうしてこの船に?」


 オルランドが会話を続けた。

 悪意はなく、少しでも彼女の気を紛らわすためのものだった。


「町に旅人が来てチケットを配ったそうなんです。

 母は病気がちでしたから少しでもよくなれば、と思って……」


 言葉に詰まり辛そうにそう話す彼女を見て、やらかした……と思った彼は慌てて謝った。


「ごめん。嫌なことを聞いた」


「いいんです。本当のことですから。まさか母が魔物だったとは思いませんでしたけど」


 そうは言うが、やはり昨日のことはショックだったのだろう、目線と表情に影のような落ち込みがちらつく。

 会話はそこで途絶えてしまい、オルランドもどう声をかけていいか悩み始めてしまった。




 黙ったまましばらく時間が経ち、彼のお腹が空腹の音を立てた。

 恥ずかしくなり顔を赤らめ、アイリーンもその音を聞いて少し笑い、空気がほつれていく。


「食べれる物、探してくるよ」


 オルランドはそう言うと何の気なしにキャビンを出ていって酒場へと向かった。


 酒場は静まり返っていた。

 彼はカウンターの後ろの棚をゴソゴソと漁り燻製肉を見つけるとすぐさま立ち去ろうとするが、そこに地下の階段から一人の鬼族が登ってきていた。

 

「だりぃなぁ。あと半日も見てられっかよ」


 後ろにもう一人いる。

「そう言うな。これも我が一族のため。我慢しろ」


 女性の鬼族だ。

 黒い着物の胸部は膨らみ、足の甲冑の間から太ももが覗いている。


「しかしよ、サキュバスの姉ちゃんはどこ行ったんだよ。眠らせたらそれで仕事おしまいなんてふざけてるぜ」


 若い男の鬼族はカウンターの上の酒瓶を手に取るとそこに膝をつき飲み始めた。

 影に身を隠すオルランドには気がついていないようだ。


 もう一本酒瓶を手に掴み、女性へと放り投げる。


「下は人の臭いがきつくてたまんねぇ」


「戻ろう。あと少しだ」


「分かったよ」


 短い会話をし、酒を手に彼らは地下へと戻っていった。

 オルランドは肩の力を抜き、ほっと一息つくと燻製肉と瓶詰めされた食料を手に取り戻っていった。



  ◇


「あと半日で着くらしい。着物を着た魔族が話してた」


 キャビンに戻ると彼は空いているベッドに食料を放り投げそこに腰掛ける。


 横になるアイリーンに背を向けて上に羽織る赤い外套を脱ぎ、鎖かたびらの整備を始めた。

 斧が刃こぼれしていないこと、そして腰のポーチの回復粉の詰まった薬ケースの中身が充分にあることを確かめて再び服を着ていく。

 船が着けばすぐ戦いになるかもしれない、という予測のものだった。


「オルランド、あなた達は魔物と戦うの……?」


 アイリーンがおもむろに話しかける。

 腕や背中についた傷から彼が戦いの中に生きていると悟った。


「あぁ。でも悪さをするような奴らだけだ。人を攫ったら食ったり」




 そこに隣からジーニィが起きてきた。

 服のヨレを戻しながら部屋へと入ってくる。


 彼女はアイリーンの顔色がよくなっていることに気がつくとその側に腰掛け、穏やかな表情で声をかける。


「もう大丈夫そう?」


「はい。おかげで助かりました」


 その声を聞いて安心し、オルランドと見張りを変わろうとするが、「あと半日で着くみたいです。起きてます」と言われて彼らは三人で待機することにした。


 ジーニィとオルランドは船から降りた後の計画を立て始める。


「ーー幸甚の国の全貌をまず把握するわ。安全な場所があればそこにアイリーンを避難させましょう」


「わかりました。俺たちが仕掛けるのは船から乗客が降りた後ですね」



 仕方のないことではあるがその計画にアイリーンは含まれない。

 布団で横になって話を聞いていた彼女に一つ気になっていたことがあった。

 


 なぜ自分が魔物に監視されていたのか。



 父と母を殺した際になぜ生かされてしまったのか。



 やがて、

 彼女は起き上がる。

 決心をして二人に話しかけた。


「あの! 私も一緒に連れていってもらえませんか……?」


 その申し出は無謀なことにジーニィは思えた。 


「ですが……」


 そう言って顔をしかめる。




 しかし、

「お願いです!私が生きている意味を知りたいんです!」


 そう続けたアイリーンの顔に覚悟が見て取れて彼女は揺らぎ始める。


(昨日のあの魔法も気になるしなぁ……)


「ジーニィさん、彼女の力を確かめてもいいんじゃないですか? それに、一人にしておくのは危険に感じます」

 オルランドのその言葉が決め手になって、ジーニィは仕方がない、とため息を吐いてアイリーンを連れていくことを決めた。

 


  ◇


「え!? 魔法使ったことないの?」


「父が亡くなってからは多少短剣を使いましたけど、魔法のことは……」


 アイリーンが魔法を昨日初めて使ったこと、それが魔法だと思っていなかったことを話すとジーニィは驚きの表情を浮かべた。

 具現化は荒いものではあったが魔物を殺すほどのものであり、鍛えれば充分強くなるだろう。


「それであれか……、見込みがある。

 船がつくまで私でよければ教えるわ。いい?」


「はい、よろしくお願いします」


 そうして彼女は立ち上がり杖を持ってコホンと咳払いをし、魔法の講義を始めた。

 オルランドも彼女から魔法について詳しく聞かされたことはなく耳を傾ける。




「いい? ……力を集めて、集中して、ドーン! よ」


「は、はぁ……」


 アイリーンとオルランドの二人は少しも理解ができない。その様子を見てジーニィは再び説明を始める。


「こう、指先とか腕とかでなんかこう、杖を伸ばして……それが変わった姿を思い浮かべて、こう!!」



 ジーニィは感覚派だった。

 人に教えた経験もなく、その難しさを思い知る。

 彼女は頭をひねりどうすれば伝わるか考え始める。そして思いついた。


「あ! 昨日のやつもう一回出せる? 

 少しでいいけど……」


「やってみます」


 アイリーンはそう言うとベッドから立ち上がり腕を伸ばて手のひらを広げ、昨日のイメージを頭に浮かべていく。


(怒りのエネルギーなのかな、)


 そう思い、母に取って代わっていた魔物を思い浮かべその心に憎しみの青い炎を灯した。


 バチ、バチ、と手に電気が流れ始めていく。


「よし! そのまま……そのままね……」


 ジーニィはそっと彼女の後ろに立つとその伸びた腕に重なるように自身の腕を伸ばした。


「いい? これが魔力よ」


 アイリーンの耳元でそう呟き、その腕、手のひら、指先へと自身の魔力を流していく。


 アイリーンの体の魔力を流す力を直接刺激して目覚めさせたのだ。


 途端にバチ、バチ、とわずかに宿っていた電気はその力を増し、青く光りはじめ、キュルキュルと高音が鳴り響き始める。


「これ……やばくない……?」


 その様子を見たオルランドはアイリーンたちの背後へと身を潜める。



「いい? アイリーン、これが魔法よ」



 そう言って彼女は“轟け”と唱えた。

 アイリーンの手で増幅された電気が放出される。


 青い稲妻は音を立てて部屋の壁を焼き尽くし突き抜け、船室にデッキまで続く人が通れてしまうほどの大きな穴を開けた。



「…………まずいわね……逃げるわ!」

 

 地下にいた鬼や、デッキで見張りをしている船乗りがこちらの様子を見に来る前に彼女達は装備と荷物を手に取り、その場を立ち去ろうとする。



「こうなったらいいか!」



 廊下へと走り出したジーニィはまだ誰も辺りに来ていないことを確認し、ローブのポケットから手のひらサイズの箒を取り出す。


 そしてそれに自身の魔力を注いでいく。


 たちまち箒は大きくなり、人が跨るサイズの空を飛ぶ魔法の箒へと変貌を遂げた。


「乗って!」


 空中に浮かぶ箒にまたがった彼女が二人に指示を出す。


「大丈夫なんですか? これ……」


 オルランドは不安そうだがアイリーンは違った。


(これが、魔法……)


 箒にまたがりつい先ほど稲妻を出した自分の右手をじっと眺める。


「行くよ!」


 ジーニィの合図で箒が空中へと舞い上がり、デッキへと空いた穴から彼女達は上空へと飛び立った。




(さようなら……お母さん……)


 遠くに見えてきた幸甚の国のある島へと向かう箒の上で彼女はそっと船に、別れを告げたのだった。



  ◇



 彼女達が去った後、鬼族は轟音が響いた船室の様子を見に来ていた。

「こりゃ、雷が落ちたってわけじゃなさそうだな」

 男の鬼が壁に空いた穴の縁に触れながら言い、それを聞いた女の鬼も理解する。


「魔法だこれは。魔法を使う人間がきたんだ」


 

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魔女は安らぎたい〜勇者の称号を奪われた私は魔女になって人類に復讐しちゃいます!?〜 エイジ @Age-shimazaki

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