第2話

青い空、白い雲、なぜか5個あるお月様。今日も良い日になるといいな。そんなことを考えてこの僕、チュンペッター子爵家の長男ユーヒル・チュンペッターは朝食を食べていた。


「ユーヒル坊ちゃま、本日の晩御飯は近くの森で獲れたインペリアルグレートイノシシのステーキでございます。楽しみにしていてくださいね」


「うん、ありがと!ミレーネさん」


真っ白空間で転生してから3年の月日が流れた。定道貞夫としての人生に別れを告げ、異界の地に足を踏み入れてから俺は、神聖カルセティア王国に属するチュンペッター家という子爵家に生まれた。黒髪黒目、ぱっちりとした目は前世の俺とは似ても似つかず、成長して鏡を見るたびに改めて異世界に来たんだなと感じる。


朝食のキャベッチャー(ほぼキャベツ)とレタッピー(ほぼレタス)のサラダを食べている俺の後ろから声をかけてきたのは、俺の専属メイドとしてチュンペッター家で働いているミレーネ。少し赤みがかった黒い髪と、前世なら美女としか言われないだろう容姿のメイドさんで先日20歳になった。俺が生まれた時からお世話してくれているらしい。


「ユーヒル、最近は魔物も増えていると報告が来ている。だから今日こそは大人しく家にいるんだぞ?」


「わかりました!とーさま!」


「毎度毎度返事だけはいいのだがな...」


対面に座るひげを生やしたいかつい顔の男は俺の父、バートス・チュンペッター。しわの多い眉間と顔の傷というヤクザのような顔つきとは裏腹に政治的手腕は本物で、父の父、つまり俺の祖父から受け継いだチュンペッター家を一代で子爵にまで上り詰めさせた立派な当主さまなんだとか。ちなみに生まれて初めて見たとき、その顔から盗賊と勘違いしてしまい大泣き、それにショックを受けた父は数日部屋に引きこもったらしい。かわいい。


「そうねユーヒル、今日は私と絵本でも読んでいましょうか」


「わかりましたかあさま!」


父の横に座っているのは俺の母、メリア・チュンペッター。金髪のきれいな女性で俺のぱっちりおめめの遺伝元だ。父と幼馴染らしく年齢は30を過ぎているとは思うのだが、全然そんな風に見えない。20代前半と言われても通用するレベルだ。これぞ異世界ファンタジー。ちなみに前に母に年齢を聞いたことがあるが、母は何も言わずにっこり笑いその日は俺の嫌いなピーマンチェ(絶対ピーマン)で夕食のテーブルが埋め尽くされたので、禁忌に触れたと理解した。どんな世界でも女性に無闇に年齢は聞いちゃいけないね。


さて今日は外にはいけないかな。

一年ほど前やっとの思いで歩けるようになった俺はさっそくみんなの目をかいくぐり、裏手にある山へと赴いた。目的はもちろん何か能力がないかの確認である。しかし ステータスとつぶやいても、ファイアーボールと唱えても何も起きず断念。その日からちょくちょく山へ出向いているが、まだ何の成果もなかった。


そんな日々を過ごしていたある日、山から帰る途中で俺を探しに出ていた母とミレーネと遭遇。我が家に怒りの嵐が吹き荒れ、監視の目が厳しくなった。今考えたら2歳の子供が1人で山に行くのを認めるわけもないが、転生してテンションが上がっていたのだ、許してほしい。


朝食を食べ終わり俺の部屋で母とミレーネと絵本を読む。本のタイトルは「勇者様と魔王」いかにも異世界ファンタジーって内容で、ひょんなことから聖なる剣を引き抜いた勇者が魔王を倒すストーリーだ。


まだ俺は完ぺきに字が読めないので母が朗読してくれる。椅子の上で俺を抱っこしているのはミレーネだ。


「そして勇者は人々を困らせる悪い魔王を倒すため、旅をすることになりました」


いいなあ勇者、本当だったら俺もチート能力を駆使して魔王を倒す旅に行きたかった。

叶わない願望に悲しくなりながら逃がさないとばかりのミレーネにがっちりとホールドされ、絵本の続きを聞く。


「勇者の仲間の魔法使いの女の子は言いました。「だめっ、そこっ!気持ちいいっ」毎晩勇者の部屋から聞こえてくるそんな声に、もう一人の仲間の斧使いは胸が張り裂けそうな思いだった。もともと魔法使いは自分の幼馴染で....」


「........」


なんか流れがおかしくなってきたぞ、それほんとに絵本か?子供に聞かせて大丈夫なやつか?


「魔法使いは言いました。「もう斧使いのことは忘れます。私をあなたのものにして」魔法使いは勇者のことが忘れられなかったのです」


絵本じゃないだろこれ。ただの昼ドラだろこれ。どんな顔をして聞けばいいのかわからないが、この絵本はこの世界でも有名なお話らしいので変なことにはならないだろうさすがに。


「勇者と斧使いは戦います。己のすべてをかけて。そして愛した女の心をかけて」


「うっ...ぐすっ」


勇者と斧使い戦い出したぞ。魔王そっちのけだぞ。誰だよこれ書いたやつ。

あとミレーネ、いったいどこが泣けるんだ。こんなドロドロの愛憎劇で泣けないよ、泣きたいのは聞かされてるこっちだもの。




「じゃあユーヒル、ちょっとお昼寝しましょうか」


絵本を読み終わったので母がそう提案してくる。いやああの絵本結構熱かったな、斧使いが勇者を倒し本物の勇者として魔王を討伐。国一番の美女といわれるお姫様と結婚してハッピーエンドとは。人生何があるかわからないね。


そうか、お昼寝か。実をいうと俺はあんまりお昼寝が好きではない。この心は子供ながらにまだ体を動かしたがっているのだ。


「かあさまー、ぼくやまにいきた―」


「「ダメよ(です)」」


「い......」


ダメだった。即決だった。やはり以前ばれたのがまだ尾を引いてるのだろう。しかたない、大人しくお昼寝しよう。


「いいから今日は私とミレーネとこの子と一緒にお家で過ごしますよ」


そういいながら母は大きくなったお腹をさする。

そう、いま母のお腹の中には子供がいる。俺の弟か妹となる新しい命が母のお腹には宿っているのだ。

母が妊娠したのは数か月前、いつも夜になると両親が2人でどこかへ消えるので、いつか来るかなとは思っていたが、結構早かった。ハッスルしてたんだな2人とも。



それからは家の中で母やミレーネ、たまに父と遊んだりしながら月日は流れ、少し熱くなってきたころ、ついにその日がやってきた。俺の弟が生まれるのだ。ちなみに弟と分かったのはそういう魔法があるらしい。ミレーネが教えてくれたがまさかこの世界にきて初めて知る魔法が、生まれる前の子供の性別がわかる魔法とは思わなかった。


父とミレーネと部屋の前で待っていると、部屋から赤ん坊の泣き声が響いた。

しばらくして町の医者が布に包まれた赤ちゃんを連れて部屋から出てくる。


「元気な男の子ですよ」


父は泣いていた。ミレーネも涙ぐんでいた。いいものだな、こういうのって。前世でこういう経験はなかったからわからなかった。ありがとう女神さま、新しい命をくれて。


悲しみのない涙に包まれながらこの日、我が家の話し声は1つ増えたのであった。


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異世界3兄弟(仮題) イカ焼き専門学校 @ikayaki8266

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