快翔では山脈を越えられぬ
紫鳥コウ
快翔では山脈を越えられぬ
テイクアウトした、大根おろし付きの牛丼の並盛りを食べてから、十数分後、猛烈な眠気に襲われはじめた。こうなると、本を読むことも小説を書くことも、困難になってしまう。
なにかをしようという気になれず、昼寝をしてしまうのだ。いまが休日だということも、わたしに仮眠をすることを
実際にいままで、起きてからすぐに、執筆や推敲をはじめている。一日の執筆ノルマを達成できなかった日はない。連載を途切れさせたこともないし、五月の中旬からはじめた「毎日、掌篇小説を投稿する」という挑戦も、完遂に向けての見通しが立っている。
そうした「実績」があるからこそ、昼寝にたいして罪悪感を覚えることがない。だから今日も、堂々と
そして目を覚ますと、すぐに執筆と推敲をこなし、今日の分の「連載」と「掌篇小説」を投稿した。
プロの作家を目指す物書きの休日として、理想の過ごし方と言えなくもないのではないか?
そうした甘っちょろい考えが芽生えるのは、不思議なことではなかった。なにもしていない、なんてことはないのだから。
今日は、大事な日だ。
日曜日は、〈師〉の有料ブログが更新される日である。明日の投稿作に取りかかる前に、新しい記事を熟読する。
毎回、記事の最後にイラストまで掲載してある。その新作を「尊崇」させて頂くことも、至上の楽しみのひとつだ。この日の記事も、最近公表されたお仕事の報告が連ねられたあとに、イラストが一枚投稿されている。
「ほんとうに、世界で一番美しい青色だ……」
わたしはいままで、私小説のなかで、〈師〉について何度も言及してきた。
将来の見通しが立たず、地獄のような日々を送っていたころに、SNSで「偶然」見かけた〈師〉のイラスト。
そのとき抱いた第一の感想は、《世界で一番美しい青色》――だった。
それから一週間、〈師〉のイラストのことが忘れられなかった。そしてわたしは、〈師〉の後を追うように創作を再開した。
いつか、ご一緒にお仕事をさせて頂きたい。そうした気持ちを胸に、ずっと小説を書き続けてきた。
それくらい特別な思い入れがあるからこそ、生じざるをえなかった葛藤や苦悩もあった。そのことは、ある私小説で記している。それは長篇の私小説で、元日に第一話を投稿した。そして、六月の中旬に連載を終える。
この長篇の私小説が完結すれば、一段落がつくことになろう。
しかしそれは、束の間の休息となる。この一作が完結したらすぐに、新しい長篇小説を連載する予定でいるからだ。
それなのに、その連載作は、まだ三話くらいまでしか書き終えていない。冷静に考えれば焦るべきなのだろうが、いままで、しっかりとノルマをこなしてきたという「実績」が、どこか楽観的な気持ちを引き起こしてしまっている。
(この仕事量をこなしている〈師〉は、どれくらいの時間を創作に費やしているのだろう)
そうしたことは、いつも考えているのだが、今日はなぜか、より切実に感じられる。なぜだろう。もしかしたら、どんどん楽観的になっている自分が、濃くはっきりと、自覚されてきたからだろうか。
(坂道を転がり続けている球が、どんどん加速していく。回転しているのかどうかも分からないくらいの速さになったら、誰にも止められなくなるだろう。そうなってしまえば、もう遅い……蹴り飛ばすなら、いまだ)
わたしは〈自称弟子〉でしかないが、〈弟子〉は〈師〉の背中を追うものだ。
そこで、このような仮定をしてみる。もし、わたしが〈師〉のように毎週ブログを更新するとしたら?――と。
おそらく、身辺雑事のことばかり、だらだらと書くことになるだろう。毎週、読者の方に強調できる「仕事」を発信し、高クオリティの作品を添えることなんて、できるはずがない。
いまのわたしは、〈師〉の背中が地平線の向こうへ消えて行くのを、指をくわえて眺めているだけの
思えば、近ごろは、執筆が雑になった。小手先で文章を紡いでいて、物語におもしろみが感じられなくなっている。
(ここで気づかなければ、あのころの二の舞になっていたな……)
SNSで物書きと交流するのに
悠々と飛んでいてはダメだ。
《掌篇小説を毎日投稿する(五月三十一日
ノートに記したこの目標に一本線を引き、訂正した。
《掌篇小説を毎日投稿する(六月三十日迄)》
まずはもう一作、決意を込めた私小説を書いておきたい。
〈了〉
快翔では山脈を越えられぬ 紫鳥コウ @Smilitary
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