第七話


 夜。辺りは寝静まっていた。

稲荷神社も同様で、参道さんどうを囲む林の影響もあり、境内にはすでに静寂せいじゃくが支配していた。


 圭亮けいすけは早い時間には布団に入り、早朝に起きる、という生活を維持していた。

しかし、その日は違った。

深い眠りについていたはずだが、気がついたら目が覚めた。

時計を見ると、深夜の一時。

何故こんな時間に、と疑問を抱くが、すぐにその謎はとけた。


「あははははははははは‼‼」

「おいおい、そんなことしたらバチがあたるぜぇ⁈」

「そうそう、下においてきたあいつがいってたじゃねぇか!ここは祟られるってなぁ‼」


夜の神社ではあり得ない喧騒けんそうに、圭亮の眠気は一気にふっとんだ。

焦りの冷汗が全身から吹き出すのがわかった。


「まずい………‼‼」


慌てて布団からおきて、軽く羽織はおれるものをひっつかむ。

パーカーを羽織りながら、玄関に向かい、急いで靴を履く。

扉の向こうからは騒ぐような声がまだ聞こえる。

男の声が複数人。

圭亮は勢いのまま扉をあけた。


 境内にある拝殿の前に、犯人はいた。

賽銭さいせん箱の前、参道の真ん中で三人の男が地べたに座って騒いでいた。

また一つ、冷汗が圭亮の頬をたれていく。


「おい……‼」

「おおーかんぬしがきたぞ~!」


圭亮が声をかけながら向かうと、三人の男が振り返った。

ニヤニヤしながらこちらをみている。

その表情と目線が合わない感じは間違いなかった。


「酔っ払いか」


それとは別に、気配を感じて拝殿の上を見上げると、屋根の上に見知った姿を見つけた。

圭亮ははぁ、と軽く溜息をついた。

もう手には負えない。

できることは、これ以上神社の後片付けを増やさないことだ。


「早く出て行ってください」

「神主さんも一緒にのも~ぜ~」


そういう彼らの足元にあるのは、缶ビールや缶チューハイが置かれていた。

どう見ても、神へのお供え物、ではない。


「ここは聖域とも呼ばれる場所です。確認ですが、きちんとお参りされましたか?」


多分お参りしていても、そこにいる狐は彼らを許さないだろう。

それでも、少しでも祟りが減るなら……。


「お参りって!あれか?一礼二拍手とかいうやつか?」

「ばぁか!いーっぱい拍手!だぜ!」


あはははははは!と、神社全体に笑い声と無礼な拍手が響き渡る。

その中に混じる、ピリィと張り付く雰囲気に、焦りが戻ってくる。


「早急にこの境内から去ってください」

「わーこわー」

「これがたたりってやつかー」


今度こそ、圭亮は眉を寄せた。

この神社に昔からある言い伝え。


―――――――『入るなら参れ。たたりを嫌う者は去れ』


圭亮がいなければ、この言い伝えは今も強力で、参拝者もほとんどいなかっただろう。

しかし、目の前の人に『祟り』という言葉は何の効果もない。

今は現代の『祟り』に向き合っていただいたほうがよさそうだ。

圭亮は静かに携帯電話を取り出した。



「警察に連絡させていただきますね」

「は?やっぱたたりなんてねーじゃん!結局は警察だよりかよ~」


圭亮の手はすでに一一〇を押していた。


「夜遅くにすいません。酔っ払いが暴れていまして……」

「お、おい、まずくないか?」

「ま、まぁオレたちも?そろそろおいとましようかと……」

「はい、稲荷神社です」

「し、失礼しました~‼」


そそくさと三人は参道を降りていく。

警察の『向かいますね』という言葉を聞いてから、電話を切った圭亮の目線は神社の入り口に向けていた。

しばらくすると、先ほどの三人の驚く声、叫ぶ声、抗議する声が聞こえてきた。


 拝殿の上にいた子狐は居なくなっている。

圭亮は静かに踵を返して、社務所に戻った。


「すいません」


社務所から持ってきたゴミ袋を手に、空き缶を片付けていると、声を掛けられた。


「先ほどお電話いただいた方ですか?」

「そうです。すいません。酔っ払い三人は逃げてしまいまして」

「いえ、逃げてませんよ。たまたまこの辺りを警戒していましたので。今、別の者が対応しています」

「ありがとうございます」


その後、警察は境内に特に異常がないかを確認して出て行った。

空き缶を片付けた圭亮は社務所に戻る。


「おつかれ」

「おう」


布団の横にはちょこん、とケンヨーが座っていた。

圭亮も布団に座り、ケンヨーに軽く頭を下げた。


「助かった」

「これでよかったんだろ」


機嫌悪そうにケンヨーはそう言った。

交番から警察官を神社近くまで誘導したのはケンヨーだ。


「さて、どんな祟りがいい?」


初めてケンヨーはニヤリと笑った。

これまで何かがあっても、圭亮が止めてきた。

だが、今回は止める気にもならない。

圭亮は二つ目の溜息を吐いた。


「何があるんだ」

「事故、奇病、身内の不幸……」


物騒な言葉が並ぶ。


「………運が悪いじゃだめか?」

「はぁ?そんなの祟りじゃねぇだろ」


即却下された。


「もっと周りにも知らしめねぇとだめだ」

「知らしめるねぇ」


運が悪い、普段の行いが悪いからだ。

そういうのはどうだろうと思ったが。


「………ネットで炎上する」

「は?」

「他にも何かやってるはずだ。あいつらのSNS発信が問題になればいい」

「何言ってるかわかんね」

「明日話そう」


時刻は三時になろうとしているところ。

正直、眠くなってきた。

ケンヨーもそれには賛成のようで、いつも寝ている座布団に向かっていった。



 * * *



「思ったんだが」

「なんだぁ?」


次の日。

境内の確認をしながら、圭亮は思ったことを言った。


「やっぱり神社の前に手水舎の案内とか作法とか、参拝の仕方とかを看板つけるのはどうかな、と」

「そんなことをしてもしないやつはしねぇぞ」

「それでも、してくれる人はしてくれる」

「現代人ってのはめんどくせーな」


ケンヨーはしばらく考えていたが、相談してみる、と呟いた。


 昨夜のことで、その他の大きな被害はなかったようだ。

圭亮は安心して何気なく携帯を開いた。


「………ん?」


トップページのネットニュースに目が行く。

二十代の男性三人が逮捕というニュース。


『ソーシャルネットワークサービス(SNS)で個人情報を流し、顧客こきゃくおよび雇用主こようぬしに不利益を及ぼした疑い』


名前が三人分っていたが、もちろん知らない。

しかし、居住地はこのあたりらしく、写真の横顔には見覚えがある。


「……大変なことになっているなぁ」


右肩からケンヨーの声。

圭亮の携帯電話を覗き込んでいた。

しかし、圭亮にはわかる。これは確信犯の声色だ。


「そーだなー」


やっぱり、祟りなんてなめたものではない。

看板の件について、先代達にも相談してみようと考える圭亮だった。


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ぼくらのおいなりさん 維社頭 影浪 @Ishdws_kgrh

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