第六話
「だいぶ降ってきたな」
昼頃から降り始めた雨は夕方まで続いた。
雨足は社務所の屋根をたたき、徐々にその強さを増してきた。
「明日は雨漏りのチェックだなぁ」
改修を繰り返しているとはいえ、
雨漏りしているのであれば、建物の
「明日にはやむらしーぞー」
テレビのニュースを眺めているケンヨーがのんきな声でそういう。
『明日には雨雲は本州を抜け、太陽が顔を出します』
「そりゃーありがたい」
屋根の音で、夜は眠れないかもしれないが、掃除をするなら、雨がやんだあとの方が楽だ。
夕食を食べながら、明日の予定を頭の中で組み立てる。
『次のニュースです』
「ん?」
映し出されたのは、予想以上にここから近い場所だった。
駅前の広場を背景に、透明のビニール傘を指したアナウンサーが喋っている。
「ここ、
ケンヨーが珍しく眉をひそめる。
「そうみたいだ」
『八才の男の子 かけるくんが最後に確認されたのは、ここ狐土山駅です。昨日夕方、近所の人が一人で遊んでいるかけるくんをみたあと行方がわからなくなっています。雨はどんどん強くなっており、
「近くか…」
「みたいだ…」
夕方に念のため境内を見回ったときには誰も居なかった。
それに境内に入ったときは、大抵の場合、圭亮よりもケンヨーが先に気付くことが多い。
「………なんだよ」
圭亮がじーとケンヨーに視線を送るが、ケンヨーは
どうやら、何も言うことはないらしい。
「明日に備えて寝るかー」
参道が無事かどうかも確認しなければならない。
こういうときは余計なことは考えずに、寝るのが一番だと、昔から思っている。
明日は忙しくなりそうだ。
* * *
最初は軽い気持ちだった。
周りの同級生が、『いえで』というものをしたりしているのを聞いて、興味がでた、というのが最初のきっかけだった。
そのときに、たまたま母親にむかついた。
だから、友達の家に泊めてもらった。
流石にお腹もすいた。
友人と駅前で遊んだまではよかった。
雨が降り始めた。
家に帰ることになった。
でも、帰りたくなかった。
「………」
夏も近い。
寒くなくて良かったと思いながら、床を見上げる。
最初は木の下で雨宿りをしようと思った。
木の下に入ったら、思ったよりも雨に濡れてしまい、雨宿りができる木を探していたら、大きな建物を見つけた。
「……お腹すいたな」
遠足と同じ気持ちで持っていたお菓子は全部食べてしまった。
水筒の中身は昨日のまま。もう中身はない。
「……おい」
「……」
「………聞こえるかー?」
「……え?」
突然後ろから話しかけられた翔は思わず振り返った。
しかし、普通に考えるとおかしな話で。
翔が駆け込んだのは大きな建物の床下。
無我夢中で駆け込んだので、入り口は最初わからなかった。
斜め前に階段のような物がみえるからそこかもしれない。
でも、気付いたときには雨は土砂降りで、外に出る気にもならなかった。
だから、床下に人がいるなんて思わなかった。
「……きつね…」
「おう!」
人じゃなかった。
そこにいるのは黄色い毛並みを持つ、翔と同じぐらいの大きさの狐。
犬のようにお座りをして、真っ直ぐ翔を見ていた。
「すごい雨だなぁ」
そして、言葉を話しかけてきた。
「きつねが喋ってる…」
「ここは神社だ。そんなこともあるだろ」
確かに、近くには赤い鳥居が沢山ある神社があった。
今まで余り気にしたことはなかった。
無我夢中で入った場所は鳥居だったらしい。
「家には帰らないのか?」
「いえでしたから」
「そっかぁ」
「まぁ気持ちはわかるな」と、急に腕をくんでそんなことを言ってくる。
お腹もすってるし、ちょっと肌寒いし、眠くなってきたし。
もしかしたら、実はもう寝ているのかもしれない、となんとなく翔はそう思った。
夢でなければ、狐と喋ることはないんだと思う。
「まぁもう眠いだろ。寝たほうが良い」
狐はゆっくりと翔に近付き、すり寄る。
その温度は適度に生暖かくて、気持ちが良い。
そういえば、この暖かさは知っている。
夜が怖くなって母親と一緒に寝たことを思い出した。
そこからの記憶はない。
* * *
「ふぁああ」
よく寝た。
夜は、雨が屋根を打つ音で眠れないかと思ったが、気がついたら寝ていた。
目覚まし時計を止めて、起き上がる。
すっかり、雨は止んだようだ。
体を伸ばして周りを見渡す。
「………ケンヨー?」
いつもはなんとなく気配を感じる範囲にはいる。
布団の傍、
遠くても社務所内にいて、動いている気配を感じるのに、全く感じない。
「………」
妙な胸騒ぎがする。
ケンヨーといる時間がいつも過ぎて、居心地が悪いという気持ちもある。
あるいは、何か事件が発生したか。
前日に考えていた予定も忘れて、圭亮は直ぐに着替えて、社務所の外に出た。
外の空気はいつもよりも湿気を含んでいて、冷たかった。
境内に妙な音は聞こえないし、人影も見えない。
「どこだ……?」
周りを見渡す。
なんとなくケンヨーの気配はある。
境内にはいるようだ。
僅かな気配を頼りに境内を歩いていると、拝殿の下に見覚えのある毛並みが見えた。
「ケンヨー?」
「おう」
声を掛けると、思ったより小さな声が帰ってきた。
圭亮はしゃがんで床下を除く。
状況を理解した。
「……なんだその子」
「おう、ちょっと借りてんぞ」
「いやいやいや」
ケンヨーが言ったのは、地面に置かれているレジャーシートだろう。
圭亮もシートの存在は忘れていたので、どうでもいい。
問題はケンヨーの傍で寝ている少年だ。
「家出したらしい」
「家出ェ?」
小学生ぐらいの男の子。
家出をしている。
ふと、昨夜のテレビニュースを思い出した。
「名前は?」
「かける、っていうらしーぞー」
「……なるほど」
何故、ケンヨーが彼と一緒なのか。
何故、気付いた時に圭亮に言ってくれなかったのか。
色々な思いがあるものの、今は他にすべきことがある。
「ちょっと待っとけ」
早足で社務所に戻り、電話を手に取る。
警察に電話をしてから、バスタオルを持って拝殿に戻った。
「とりあえず社務所に戻るぞ」
「おう」
ケンヨーが翔の傍から離れるその間にバスタオルを挟む。
そのまま圭亮が体を支えた。
ケンヨーがぴょんッと跳ねて、社務所に戻っていく。
呼び止めようと声を上げるよりも先に、少年の体が動いた。
「ん……」
「起きたか?」
「あれ……ぼく……」
「名前、教えてもらっていいか?」
「あ、えっと、翔、です」
「お腹減ったろ。向こうに行こう。立てるか?」
「うん……」
立った翔をバスタオルで包み直し、社務所へと案内した。
社務所で温かいお茶を出したあと、すぐに警察と翔の母親という女性がやってきた。
ケンヨーは機嫌悪そうにみていたが、何もする気はなさそうだった。
「ありがとうございました」
「いえ、無事に見つかってよかったです」
「おにいさん」
最後に翔は圭亮の方にやってきた。
「ここにきつね、っているの?」
「……」
ケンヨーは部屋の奥で身を潜めていた。
多分関わったんだろうが。
これ以上、余計な事は起こってほしくない。
「さぁ、お兄さんは見たことはないかな」
「そっか…うん…ありがと」
翔は母親と手を繋いで神社をあとにした。
* * *
『ケンヨーは
『なんだよそれ!』
『私たちの役目よ。必ず
『めんどくさい。人間は嫌いだ』
「おーいケンヨー!朝ご飯だぞー!」
「おー」
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