第五話

穏やかな平日の午後

圭亮はぼーっと境内を眺めていた。

今日は神主以外誰もいない。

神無月かんなづきとは関係なく、今日は祭神である三柱みはしらとも揃って出かけていった。


だから本当の意味で一人だ。

それに平日だからか、参拝客もいない。

こんな日はそうそうあるものではない。いっそ社務所しゃむしょを閉めてしまおうかとあくびをしながら思ったところで、奥にある電話が鳴った。


「はい。土山つちやま稲荷神社 社務所です」

「もしもし」


電話の向こうから聞こえてきたのはよく透る、女の人の声。


「あ、そちら、土山稲荷神社さんでよろしいですか?私、KNテレビCABの錦野にしきのと言います」

「は、はい」


KNテレビというと、民放テレビの一つ。

CABというと、朝の番組だったはずだ。


「取材させていただいてよろしいですか?」

「えっと……どういったご用件で?」


圭亮は心の中で首をかしげた。

うちの神社の由緒ゆいしょが目的か?


「そちらの神主さんがですね、イケメンだと聞いて、イケメンの取材を……」

「はい……?」


神主が、イケメン?

圭亮の中で神主は誰だ、と思考回路が高速回転を始めた。


「若い神主さんでイケメンとお聞きしたのですが……」

「……」


俺が、か?

圭亮はそこで固まった。


「もしもし?」

「あ、す、すいません!」

「びっくりさせてしまってすいません。それでですね、是非その神主さんの取材をさせていただきたいのですが、いらっしゃいますか……」

「は、はぁ……」


圭亮は思わず周りを見た。

そもそも、さほど大きくないこの神社は常時1人。

今は圭亮が神主。


「わ、私、ですね……」

「神主様でいらっしゃいますか!」


錦野の声がワントーン高くなった。


「取材させていただいてよろしいですか?」

「あ、いや……その、私がい、イケメン……ですか」

「ええ。そう聞いておりますし、先日うちのスタッフが一度お参りに行かせていただき、確認しております」

「なんと……」


圭亮は頭を抱えた。

正直、そのように言われたことはなかったからだ。人生でモテた記憶もない。


「どうでしょうか?」


取材を受けるか、受けないか。

圭亮はもう一度周りを見た。

今日は本当に誰もいない。

一人だ。


「……少しこちらで相談させてください。また改めてお返事させていただきます」


それが圭亮にとってとれる最善の策だった。


「わかりました。では、また数日後改めてお電話させていただきます」

「はい。お手数おかけいたします」

「ご検討よろしくお願いします。失礼致します」

「はい。失礼します」


電話を切る。

そして盛大にため息をつく。


「イケメン……か」


圭亮はにやけそうになる口元を抑えた。

自分が。


「すいませーん」

「はーい」


社務所の窓口から声。

圭亮は立ち上がって、窓口に駆け寄った。

二人組の男子高校生が立っていた。


「おみくじ二つ!」

「はい」


笑顔でそう対応して、二百円受け取り、番号のおみくじを渡す。

結果をわいわい良いながら、境内を出て行く男子高校生を見ながら、ため息。自分も昔はあの立場だったが。


「イケメン、か……」


取材を受けるか受けないか。

それが問題だった。



 * * * 



「あらいいじゃない」

「ゆりかさん、今適当に返事したでしょう」


その夜。

一人で夕食を食べてから、圭亮は梨花に電話をしていた。

話題は日中の取材について。


「確かにいなきちは顔が整ってる方よね」

「圭亮です!ていうか、こういうの、受けるってこう素直になれないというか……」

「三柱はいつ帰ってくるの?」

「明後日です」

「ふぅん。まぁ私は良いと思うけど。うちの神社が一躍いちやく有名になるし」

「そんな。オレが取材されるだけで、一気に参拝者が増えるとか、ないですよ」

「可能性はあると思うけど」

「パワースポットで取材されるならまだしも、神主の顔だけで取材とか……」


元々、この土山稲荷神社は、パワースポットとして注目されている場所の一つではある。

それは、どうしても狐憑きが集まる頻度が高いからだろう。

誰のせいとは言わないが。


「私は賛成だし、ケンクウさんも駄目って言わないだろうけどなぁ」

「……ですかね」


正直、圭亮が今欲しい言葉は『出ろ!』か『出るな!』の二択だ。

しかし、梨花はそれをわざと言わなかった。


「馬場先生にも許可というか、話してみます……」

「でも、最後に決めるのは貴方だから」

「……はい」


それは分かっていた。

圭亮は、そうですよね、と呟いてから、挨拶し、電話を切った。

次に連絡するのは馬場クリニック。もう診察は終わっているはずだ。


「……あ、馬場先生。夜遅くにすいません」



 * * *



「こんにちは!」


ついに来た。

圭亮は緊張気味に、社務所の窓口に向かう。

今日はケンヨーには隠れてもらっている。

妙な場面が映し出されたら、元も子もない。


「はい」


窓口から外を覗くと、男の人が女の人とカメラを持った男の人を連れて境内に居るのが見えた。


「あなたが神主の渡部わたなべ圭亮さんですね」

「はい」

「私、KNテレビプロデューサーの赤坂あかさか芳雄よしおと申します。CABを担当しています。こちらがCABリポーターの錦野みどり、カメラマンの松本やまもと仁史ひとし。今日はよろしくお願いします」

「あ。ども。よろしくお願いします」


圭亮は軽く頭を下げた。


梨花にも馬場にも出ればいいと言われ、ケンヨーを含め、神社で奉る三柱みはしらに聞いたところ、止めはしないという返事をいただいた。

挨拶だけきちんとしてくれれば、ということだった。


圭亮の心は揺れ動いたが、否定する理由もなく、取材を受け入れることとなったのだった。


「あえっと、拝殿にお参りされましたか?」


念のため聞いておかなければならない。

圭亮は、躊躇とまどいがちにそう訊ねる。

それに赤坂は、ええと答えた。


「三人ともお参りさせていただきました。すばらしい拝殿ですね」

「あ、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。では、少し出てきていただけますか?」

「あ、はい」


圭亮は慌ただしく玄関へ向かい、雪駄せったを履いて外に出た。


「背が高いんですね!」


錦野がそう言って笑っていた。

愛想笑いで返す圭亮に、赤坂がボードを差し出した。


「こちら、名刺になります。改めまして今日はよろしくお願いします。早速ですが、このプロフィールを書いていただいてよろしいですか?その後、撮影に入ります」

「あ、はい」


渡されたボードには名刺と紙が挟まれていて、名前、年齢、身長体重、趣味しゅみ、特技など、項目が設けられていた。

それを五分ほどで埋めて赤坂に渡すと、そのまま撮影の説明が始まった。


「まず、錦野とカメラが境内けいだいに入ります。そこで、掃除をしている渡部さんに声を掛ける。そこでお話していただきます」

「は、はい」

「撮影自体は三十分ほどで終わりますが、放送は五分ほどになります。素敵なところだけを使わせていただきます。ご了承ください」

「はい」

「その後、この神社の外側や本殿、境内、入り口など必要カットを撮らせていただきます。その際、神主さんにはご同行していただきたいのですが」

「わかりました」

「ありがとうございます。他にご質問はありますか?」

「あ、いえ…」


圭亮はちらりと赤坂の後ろを見た。


松本がカメラを用意し、錦野はCABと書かれたマイクを持って、圭亮のプロフィールを読んでいた。

赤坂がその二人に声をかけに行く。


「準備は大丈夫かい?」

「…はい!いつでもいいですよぉ!」


ふぅと息を吐く。

緊張で、心臓がさっきから早い。


「みどりちゃん。質問何にするか決めた?」

「うーん」


そうか、質問が来るのか。

プロフィールには当たり障りのないことしか書いていないから、難しいかもしれないな、などと圭亮は考えた。


「はい!大丈夫です!」


何か思い浮かんだのか、錦野はそう笑顔で答える。

流石リポーター。

確かに笑顔はかなり可愛い。


「では、神主さんは境内で掃除していただいてよろしいですか」

「あ、はい」


圭亮はそそくさと社務所に戻り、いつも使う箒とちりとりを取り出す。


ふと気配を感じて見上げると、廊下の向こうでにやりと笑ったケンヨーが居た。


「………」


面白そうに笑うケンヨーに少し眉を寄せて、外へ出る。扉を勢いよく閉めた。


「では渡部さんはあの辺りに。渡部さんは笑顔が素敵なので、自然体の笑顔でよろしくお願いします」

「はい」


圭亮は拝殿の横辺りに行き、地面をはき始めた。

早朝に完璧に掃いたというのに、もう葉がいくつか落ちている。


「でははじめまーす」


向こうでそう声が聞こえた。

どきどきする胸を押さえながら声を掛けられるのを待つ。


「あ、あの方かもしれませんね?!声かけてみましょうか。すいませーん」


来た。

圭亮はいつも貼り付ける笑顔を作って顔を上げた。



 * * * 



『イケメン特集~♪』


 テレビからそんな声がかかる。圭亮はどきっとして、食べていた夕食から顔を上げた。

 今日は圭亮が出たテレビの放送日。朝は忙しくてみれないので、録画をしていたものだ。


『今日はあなたの街のイケメンさんを大調査!イケメンカフェオーナーからイケメン神主さん、イケメンパティシエさんまで!今朝は、私錦野みどりが、厳選げんせんしたイケメンさんを紹介します!』

「おい今神主って言ったぞ、神主って!!」


ケンヨーが面白そうに指さす。

圭亮は穴を掘って潜りたくなるのを必死で抑えて、テレビを見ていた。


『さて、こちらの神社にイケメンさんが居ると言うことで、早速行ってみましょう』


ついに、自分の神社が映し出される。

入り口から、拝殿前にワープする。

画面の端に、ぎこちなく掃除をする自分が映った。

ああもう少し自然にできないのか!


『あ、あの方かもしれませんね?!声かけてみましょうか。すいませーん。こんにちは』

『こんにちは』


自分の声をテレビを通して聞くというのは、とても不思議な気分だった。


『渡部圭亮さん、二十五歳。ここ土山稲荷神社の神主をしています』

『若い…ですね』

『あ、はぁ……』

『ここの神主になられてから、どれぐらいですか?』

『一年半ぐらいですかね』


『―――元々は工業高校に通ってた渡部さん。縁あって神主を目指そうと思ったそう』


所々ナレーションが入って、質問のシーンが飛ばされていた。


『笑顔がほんっと素敵ですね。背も高いし…高校時代はもてたでしょう?』

『あいえ。その工業高校で、男子が多かったので。女子もいたんですけど、私よりも数式が好きな子ばっかりでしたし……』

『いやぁ、これは世の中が黙ってませんよ~!』


『―――土山稲荷神社はパワースポットとしても注目されており、境内には多くのほこらまつられています。そんな稲荷神社を一人で切り盛りしているのが渡部さん』


追加で撮った、お祓いをする姿が映し出される。


『―――若くても神職としての勤めを果たすときの顔は真剣そのもの!イケメンの笑顔に癒され、御利益ごりやくがさらに高まりそうです!』

「ほぅ……」


続いて、街のパティシエのイケメンに移ったところで、ケンヨーが意味ありげにうなる。


「『縁あって』ねぇ……」

「本当のことが言えるわけないだろ。誤魔化ごまかすしかなかったんだよ」

「オレが出て行ってもよかったがな」

「だとしたら、プロデューサーさんがパニックになるから。あれでいいの」


食べ終わった皿を持ち上げて、圭亮は台所に立った。

これを見る前に、一度梨花から連絡は受けていて、感想は「まぁ無難ぶなんにやったわね」だった。

五分もない枠だ。あれが精一杯だった。


「明日から参拝者増えるかもな。お前の甘いマスクにさそわれて」

「ケンヨーが言うと寒気がするな」

「いなきちさんはそんなにイケメンだとは聞いたことがないがな。後で父さんに聞いてみるか」

「オレはオレ。いなきちさんはいなきちさん。一緒にするな」

「へいへい」


 そう言いながら、ケンヨーはばりぼりとせんべいを食べ始める。

圭亮ははぁとため息をついた。


 参拝者の増加はあまり期待していない。期待してはいけない、と思っていた。



 * * *



「あ、あの!渡部さんですよね!」

「は、はぁ……」

「この前のCAB見ました!」

「それで来てみたんです!」

「あ、ありがとうございます」

「きゃー!」


後日、参拝者の中に若い女性が何となく多くなった。

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