第11話 別れ

 遂に旅に出る日になった。その日の五時頃、リアムは木剣を振るっていた。いつもよくやる鍛錬だ。


 約七年暮らしてきたこの家を立ち去り、しばらくはアルチュールと会えなくなるのだと改めて認識した。


 そのしばらくがどれほどになるのか分からない。もう会えない可能性がある。


 そう考えると、悲しさや寂しさが自分の心を染めていく。


 私にとってアルチュールという存在は大切だ。こんなにも深いところまできている、とはそこまで思っていなかったが……。


 ――きっと、この気持ちは大切なものなのだろう。


「ふぅー」


 私はこの気持ちを大切に胸にしまい気持ちを切り替え、無心になり木剣を振るったのだった。






 ふと、アルチュールの図太い声が聞こえた気がした。何だろうか。


「――――おーい、リアム。飯だぞ!」


 ああ、もうそんな時間なのか。


 そんなことを思いながら、直ぐさま木剣をしまい、家に戻る。


 テーブルには、竜の肉の料理や野菜炒めなどの料理、スプーン、フォーク等々、もう準備は終わっていた。


 いつもより品数が多いし、盛り付けなど工夫がされている。


「なんだ。まぁ、せっかくだからな。お別れ会的な」


 アルチュールは目線を私と合わせず、そっぽを向き頭をかきながらそう言った。


「アルチュールは照れ屋なのだろうか。……意外」

「いや、その間は何!?もう早く食べよう!さっきのはなしで!頂きます!」

「……頂きます。――ん、美味しい」


 盛り付けは見た目失敗した感じだったのだが、味は自分好みだ。


 アルチュールはこれまでの比ではない速度で食べているが、私はゆっくりと味わって食べる。


 このスープも美味しい。後これも、これも……。


「ご馳走様でした」

 ゆっくりと食べていたはずだが、あっという間に食べ終わってしまった。

 食事の後、旅の準備の最終確認をする。忘れ物をするわけにはいかない。


「おう、俺の渾身の料理はどうだったか?今までで一番の出来だ」

「勿論、美味しいに決まっているだろう」

「そりゃぁ、良かった!……旅の準備はしてあるし、そろそろ、出発か」


 アルチュールは爽快だった笑みを寂しげにして言う。


「もう出発する。今まで有難う、アルチュールには色々とお世話になった。旅に出ても君のことを忘れるつもりはないし、いつか必ず帰ってくるつもりだ。それまで元気にしていてくれ」

「そうだな、健康には気を付ける。それと――」


 アルチュールが腰の剣を鞘ごと抜く。竜との戦いで折れてしまった剣。私に直すことが可能なのにアルチュールはそれを拒んだ。


「――これを持って行ってくれ」

「え」


 アルチュールがその剣をどれほど大切にしているのかはよく知っている。使いもしないのに、寝るとき以外殆どアルチュールの腰にあった。毎日、寝る前に手入れをしていた。欠かしたことなど見たことがない。


「これは大切な剣なんだ。ちゃんとこの家に戻ってきて返してくれよ!」


 剣を受け取る。


「はぁ」と思わず溜息が出る。アルチュールは照れ屋なだけでなく寂しがり屋なのか。


 自分でも口角が上がったのが分かる。アルチュールが私と会えないことを寂しがってくれているのがただただ嬉しい。


「勿論。絶対に忘れたりなんかしない、するものか」


 こうして、私はアルチュールの家を去り、旅だった。


 ――絶対に剣を返すと誓って。

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不器量なエルフ賢者、転生し努力の大切さに気付く 千代子 あめ @yuhi2828

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