像は結ばる 参
その、今まで聞いた中でもっとも冷たい
この常にのんびりとしている男は怒りというものを見せたことがない。嗤われようと罵られようと、子どもの頃から常に穏やかに笑って返した。その様子は頭の軽いようにも見えるが、その実わらっていない眼差しを見れば、彼があのくだらない者たちとはどこか別の場所を見ているのだと感じ取れ、誇らしくも思った。
だから、こうして怒りを表すような言葉を吐く
「邪魔だてなんて、そんなつもりは……」
「君はね、昔からじつに
今度はにっこりと、穏やかな口調で返す。そのとろんと垂れた目は笑っていない。その笑っていない目で弧を描かせて、
「君、もういらないよ」
後ろから、少年は抑揚のない声で問う。
「始末しますか?」
その手にはきらりと鈍く光る、
「私としてはいいよ、と言いたいけど。一応ここは
「おい
横から、従兄弟の
「あの妄信者は、あれでもかつて私が兄上と仰いだ御方なのだ。あまり言ってくれるな」
「君は義理に厚いねえ」
「お前が薄情すぎるんだ」
きっぱりと跳ねのけると、
「
「そ、そうか。よくやった」
「
蹴破られた戸の向こうから、近衛と思われる男の声がした。いつの間にか外は騒々しく、数人の男女が縄についていた。その縄につく者のなかには
「やあ。君とは一度、話してみたかったんだ」
「……貴方は、
鋭い目で、熊のように大きな男を見上げた。
「あんな
彼女は「復讐」というもっともわかり易い行動原理のもと動いていたのである。我が子のように育てた男の人生を踏みにじり、それを良しとした朝廷に。本当であれば、上皇と
だが表に出ることが許されぬのが女というもので、それゆえに悔しさを堪え、ただただ機会を待っていた。もしかすれば、この
「私は君の復讐心にはまったく露ほども興味はない。それよりも君のその術。どうやったんだい。顔は……まあ、誰がやったのかは想像できるけどさ」
だが
顔を変える、すなわち器を操作するならば自分ではなく他人に施させることはできる。それこそ、
だが日々の、皇后の
「もしかして器を意図的に壊したかな?
「貴方さまには関係のないことです」
「そうだ。君が早死しようと、私には関係ない。でも、不思議に思うのは自由だ」
「つくづく、あの憎らしい女に似ていましたな」
まったくだ、と駆け寄った
「
「友達になんてひどいことを言うんだい」
友達という言葉に寒気を感じたのか、
まだその一部であろうが、一連の騒動に関わった者たちは連行されて行った。長年、謀反などというものと無縁だったのもあり、「こういうときって検非違使頼るんだっけ?」みたいな呑気な会話を近衛たちが耳打ちしあいながら進んでいると、
「
「……皇后陛下」
「きっとわたくしのことも憎かったのでしょうが……。それでも、あなたと過ごした日々は楽しゅうございました」
「おい
いまだ
「言うことをきく、いい子なのに」
「その言葉の頭に「都合の」をつけろバカ。私はああいうのはどうにも好かん。お前の倉で見た時は心の臓が止まるかと思ったぞ」
それは夏の終わり。
まだあのとき、
「……だが。いつまでもあの御方――あのクソな女に付き合わされているのは哀れだとは思う。それはお前がどうにかしてやれ」
どんなに気に入らなくてもつい世話を焼いてしまう。そんな友に
「じゃあウツギ、とりあえず今日は私の屋敷で休もうか」
清涼殿を出るとあの鈍色の雲は流れ、東のふちには淡い白色の光が覗いていた。
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