像は結ばる 壱
「……また、
皇后の件といい、自分よりもこの子どもを選ばれる事実は悔しさしかない。
「心外だなあ。ウツギが自分で考えて行動したのかもしれないじゃないか」
横から茶々を入れる
「ご冗談を。貴方だって知っているでしょう。こいつは、自分でけっして
この少年は本当に「言われたとおり」にしか何もかもこなさなかった。洗濯物を取り込め、と言えば取り込むだけで気を利かせて畳みはしない。当初はひどい怠け者なのかと思ったが、指示をすれば「今日は眠らず番をしろ、翌朝はそのまま走って米と油と酒を買いに行け」などというど理不尽な命令でもまったくその通りに従った。
彼は指示された通りに行動し、これまでの指示を組み合わせて物事を判断する。
「残念ながら、私ではないよ。正確には常に、彼の最優先は
「……記憶を失っているのではなかったのですか」
それはもっともな問いである。そして事実、この少年は記憶は失っていた。だが行動の節々で無意識に
「でも今は思い出しているんだろう、ウツギ」
「
淡々と告げるその子どもの声は冷たく、感情を感じさせない。その顔には表情はなく、
「虚ろの鬼……。なんとも的を射た名だな」
思わず独り言つ
「そう言えばひとつお聞きしてもよろしいですか、
「ん?答えられることなら構わないよ」
「ずっと気になっていたのですが。この少年とは、どこで知ったのですか?」
ウツギ――
「ああ、そんなこと」
「今年の春、直接
「は……?」
すべての始まりは、今年の雪どけの始まったころ。
「おや、行方知れずの御人ではないですか」
倉に訪れたのは実の母親、
「お節介焼きな若者がおってのお。今はそこで悠々自適に暮らしておる」
「そうですか。愉しそうで何よりです」
皇后の懐妊で、
狙ったのは
「外のあの子どもは何なんです。まさかまた、子どもを身籠ってみたいなどという気分になったのでは?」
「いや。あれはその日で飽きた」
「そうですか」
ではなんなのだと問うと、
「あれは
「
そうじゃ、と首肯すると女は嬉々として語った。
その女はある日突然、
だが火葬しようとしたその矢先、その子どもは生まれ出た。産声をあげるその子どもは二本の角をもち、髪も目も
「あれは死に面した、すなわち魂と器をながらく引き離された子じゃ。あれは
それは好奇心旺盛な彼女が飛びつかないはずのない「
本来、痛めつけられたらいつかは逃げ出すものだろう。洗脳でも施さなければ忠実に従うはずもない。
「え。貴女って洗脳の心得もありましたっけ?」
「いいや。ぜひ知りたいものだが、書が手に入らんでなあ」
「ハハハ、何でも好きですねえ」
ではいかにして従わせたのか。
くわえて魂という「性質」の結びつきが弱いため、感情の理解にも疎い。
「そのまま放っておけばあれは人間らしく振る舞えん。運が良いのか記憶は得意そうゆえ、知識の蓄積として感情「もどき」を覚えさせておる」
その知識を意図的に選び抜けば、彼女にとって都合の良い人間となりうる。
「だがどうにも、それも詰まらなくなってのお。面白いことはないかと思うたが、ちょうどあった」
「それはよかったですねえ」
適当に聞き流していたが、彼女の笑みは悪戯っ子のそれだ。
「実験しようと思うてな」
「はあ。何を実験するんですか」
「
いったい何なのですか、と
「それは、何なんですか?」
ごくりと
「死の
「……は?」
死――それは魂と器の完全なる分離。
そして何よりも彼女が追求したのは、「魂の移し替え」である。彼女は不死に憧れているわけではない。単純なる知的好奇心が、彼女を突き動かしたのである。
「そして彼女は、その実験を見事に実行してのけたわけだ」
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