中日の葬送 肆
その夜は、気味が悪いほどに静かな夜だった。
厚い鈍色の雲が月や
皇后の一件で、今日は妃を
(彼女は無事であろうか)
彼女はけっして意中の娘でも、気に入りの娘でもない。そもそも、好みの女人でないのだ。
だからと言って、
(眠れん)
むくりと起き上がった。
明日も早くからやることが目白押しなので、しっかり眠るに越したことはない。だが、あまりにそわそわして落ち着かないのだ。水でも飲もう、と寝台から降り、暗い室内を歩いた。
するとカタリ、とわずかに音が鳴った。
その音で振り返り、息を呑んだ。「何者だ?」と問うも返事はない。そもそも側仕えならば必ず、ひと声掛けるはずだ。
「だ、誰かおらぬか」
声を大きくして、警備をしているはずの近衛を呼ぶ。だが妙なことに、近衛が誰も駆けつけない。ゆっくりと後ろへさがり、護身用の
「――!」
だしぬけに、口を手で覆われた。
いつの間にか背後に人影がある。そもそも
一心に抵抗し、なんとか声を上げようとする。だが相手の力は強く、振り払うことも叶わない。取り押さえられたまま寝台へ押し付けられると、すらりと刀を抜く音が室内に響いた。
殺される。死を覚悟してまなこを固く閉ざしたその瞬間。
「そこまで。その手を離しなさい」
バタン、と妻戸が蹴破られる音とともに、聞き覚えのある男の声が鳴り響いた。
その声で下手人は動揺したのか、
「
「いやあ、実に無様な格好だね。少しは護身の
今にも殺されそうなこの状況に、その飛び込んできた男、
「お前と同じにするな。これでも毎日稽古を積んでおる」
「それでそのざまですか。
迷うことなくすたすたとこちらへ歩き寄る
「な、なぜこちらに……」
口元を布で覆っているのか、その声は曇っている。ゆえにその声主が誰なのか、声だけではわからない。明かりのない部屋の中ではその姿を見て取ることも叶わない。だが、
「ん?私が一度でも素直に従ったことがあったかな」
途中でぴたりと足を止め、
「ねえ、
その名に、
あの鈍色の雲がわずかに切れたのだろうか。開け放たれた戸から青白い
「……いつから、お気づきに」
「はじめから、と言いたいけど、確信したのは
「そんなにお早くから。さすがでございますね」
簡単なことだよ、と
「
「でも、私が見間違えるはずがない。あの胸にある飾り。あれは父の形見だ」
最近の神官がすることは減ったが、昔の神官は
「私の父、
けれども死したあと、荷の整理をしてもその紐飾りは無くなっていた。
「それで、
しんとした空気のなか、沈黙がおとされた。いまだにその
「……のためです」
ぽたりとこぼされた声は掠れて、聞こえない。
「すべては貴方のためにございます、
その発せられた言葉に、
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