中日の葬送 壱
後宮のいっかく、皇后の居所である
「皇后さま、帝がおいでになりました」
秋の中日である今日は、亡き
「まあ。
「
「順調に違いありませんわ。三日前から倒れることもなくなり、わたくしの体調もすこぶるよいのです」
「それはよかった。きっと元気な子を産むのだぞ」
皇子、と断定して励まさないのは、期待していないためか、それとも妻をいたわってのことなのか。周囲の女房たちは緊張したおももちで見守るなか、
「今日は上皇さまもいらっしゃるのでしょう」
「ああ。先ほどお顔を拝見したが、元気そうであった。近ごろは詩に夢中だそうだ」
「ふふ。
先帝は早くに帝の地位を辞し、今や悠々自適に東の
「叔母上の死のしらせを受けたさいは大変落ち込まれたようだが、それもようやく乗り越えられたようで」
ため息混じりに
「仲の良い
「仲の良い、というか。あれは一方的に姉を慕っていたクチであろうなあ」
破天荒な姉――亡き
そしてそれは逸話ではなく、事実なのを今上帝は知っている。即位前、幼い頃からまるで自分のことのように叔母の話を聞かされたからだ。やれ熊をひとりで仕留めただの、やれ酒比べで優勝しただの、やれすべての書をそらんじて見せただの。
「ふふふ。陛下も兄弟仲、よろしいですわよね」
「それはむろん。妹や弟は可愛いものだ。即位してからまったく会えておらんがな」
「お忙しいですものね」
鼻高々に応じ、自慢げにきょうだいの話をしようとするところは、さすが父子と言うところだろう。皇族の子どもと言えば、今もそうであるように、帝位の継承を巡って火花を散らしていそうなところなのだが、先代と
すると今度は悲しいことでも思い出したのか、帝はしゅんと肩を落とす。
「以前会いに来ないかと声をかけたのだが、やれ忙しいだのと断られてしまった」
「まあ、それは残念でしたわね。きっと今度こそお会いになれますよ」
この会話、月に一度していることを知る女房たちは気不味そうに沈黙していた。
「今上陛下、皇后陛下。車の用意ができてございます」
「さて。向かおうか、皇后」
「はい、陛下」
出発する直前、
「あの鬼の子はどうしているでしょうか」
中には
「まあ皇后さま。あのような
「でもあの子のおかげで、わたくしは今こうしているのですよ」
その指摘に、う、と
だがそれでも
「それにあの子、本当に
「たしかに
「でも
「そういう鬼もいるということでしょう」
そのいい加減な結論のしかたが
「ねえ
「よしてくださいまし!皇后さまのお命を狙う輩も捕らえられたとのことですし、もう関わることはありませんよ」
日が西へ傾き始めた
ゆっくりと進むのは帝とその妃や
近衛の騎馬が先導し、続いて帝と上皇、それから皇后の乗る三台の
めったに見ることのできない光景に、町の人々は
しゃらん――。
鈴の音が鳴り止むと、一行は海辺の
その中をゆっくりと今度は徒歩で進む。皇后は扇で顔を隠しながらも、その隙間から前方に臨む大海原を見る。
「まあ、美しい」
周囲に聞こえぬよう、小さな声で思わず言葉をこぼす。高貴な女たちはめったに外歩きができない。用事もない海辺となるとなおさらで、その
しゃらんしゃらん、と再びしるべの鈴が鳴らされる。
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