無の混沌 弍
ゆっくりと上体を起こし、少年は
「ええと……どんな状況なんでしたっけ?」
頭が重いのか、顔を覆ってうつむく少年を、
「熱で混乱してるんだろう。お前、
「そうなんですね。お手数おかけしました」
「気に病むことはないよ。君は仕事をしっかり全うしたのだから」
今度は
「ウツギ、痛くないかい。横になっていたほうが……」
「痛くはないです。何だか動きづらいですが」
「熱が高いのだから、
「少し、やすみます」
「そうしなさい」
ウツギはまた、こんこんと眠った。時おり目を覚まして水を飲み、また眠る。それを繰り返して、
その日、
ウツギの目が開いていることに先に気がついたのは、のんびりと書を嗜んでいた
「おや、ウツギ。目が覚めたかい」
「はい。今日って何日ですか」
「まだ混乱してるのかい。今日は
そうですか、と体を起こすウツギの顔色は幾分かよい。傷は治っていないが、熱はだいぶ下がったのだ。
「何か食べられるかい?」
「おそらく」
その返事に、
「今日って、葬儀の日ですよね」
「そうだよ。君は怪我をしているから、私と一緒にここで不参加だよ」
のんびりと応える主人に、ウツギは沈黙で返す。
皇后の女房に、ウツギが
「あの。着替えたいのですが」
「ああ、汗でひどいからね。着替えって今ここにあるかい、
「今外に干しているものだけです」
もともと買い与えた着物は少なく、それらはすぐ汗だくになってしまい、洗って干したのである。そうだったと
「じゃあ取ってくるよ」
「あ、それはあたしが」
「君はウツギをみてやってくれ」
穏やかにとろんとした目を細め、
熊のように大きな男の姿がいなくなると、とたんに倉のなかはがらんとした。残された
「手ぬぐいでも替えようか」
傷を負った腹部は手ぬぐいを幾重にもぐるりと巻いて覆われている。血で染みることはなくなったが、はじめは何度取り替えてもあっという間に赤黒く染まったものだ。
手ぬぐいを外すと、腹部には一文字の大きな傷跡がある。だがそれだけでなく、体中のあちらこちらに古い痣が残されていた。
「お前、傷だらけだな。どんな働き方をしていたんだ?」
「普通にお
「そんなわけないだろう。はじめて見たとき、拷問でも受けたのかと思ったぞ」
そのさいに手を滑らせて、傷口近くをかすめ、思わず「すまない」と大声で叫んだ。だが当のウツギが表情を変えないので、つい顔を引きつらせた。
「父上じゃないが、あまり痛いのは我慢するな。こっちがいたたまれない」
「はあ。よくわからなかったので」
「神経でもやっちまったのかい」
ばしっと強く背を叩くといい感じに入ったのか、ウツギは大きく咳き込んだ。
「あ、すまん」
「いえ……。それより、外の空気を吸いに行ってもいいですか」
「その傷でか?」
血は留まったとはいえ、塞がったわけではない。しかも、本来は今も激痛で立つのも辛いだろう傷の深さである。
「少し歩くだけですよ」
「あたしも付いて行く。あんた、傷が開いてものそのそ歩き回ってそうだし」
ごもっともである。「ちょっと歩いてきます」の書き置きをすると、ふたりは倉の外へ出た。
空は、すっかり秋の青になっていた。
たったの三日籠もっていただけでも、季節は少しずつ移り変わって行くものなのだ。じりじりと照りつけていた日射しは変わらず健在だが、あと少しすれば和らぐだろう。
「そう言えば、あの
「あたしは知らんな。
「そうですか」
合わせ
「葬儀は海辺の
「おそらく。帝やお妃がたはもちろん、
それはきっと、直近でおこなわれたどの儀式よりも盛大で厳かに執り行われることだろう。
そうですか、と小さく答え。ウツギはじっと海を臨んだ。その顔は翳ってよく見えない。いったい何を考えているのだろう、と
「のんびりしていられないな」
ふいに少し低く鳴らされたウツギの声に、
「どうしたんだ、ウツギ?」
「悪いな」
ぽつりと落とされた少年の声と同時に、頸に激しい衝撃が下ろされた。
大きく揺れる視界と、きいんと響く耳鳴りのなか、冷ややかな赤い目を認め、
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