無の混沌 壱
翌日。皇后たち一行は後宮へ戻り、
「いやはや、驚きですなあ。なんと、奴の屋敷から
「そうかい。それはよかったねえ」
上機嫌な
どこで聞きつけたのか、
それで、屋敷の一室から
その従兄弟が
「
「そうだねえ」
「ここまで事がうまく進むとは、気分がよいものですなあ」
愉快そうに笑う男に、とうとう堪忍袋の尾の切れた
「おい貴様。こっちは家人がひとり、重体なんだぞ」
「ああ、鬼人の小童ですか。まさかウツギが鬼人とは予想だにしませんでしたが、娘をよくぞ守ったと私からは礼を述べておこう」
この男からすれば、飼い犬か飼い猫が刺されたていどの考えなのである。よくも皇后たる娘に穢らわしいものを近づけてくれたな、と怒り狂わないだけましとも言えるが、娘のために
対して、
「それで、葬儀のときの護衛は誰が担うんだい?」
「近衛府の他の者でしょうな」
皇后の命を狙っただけでなく、皇家の血を引く
「が、そもそも犯人を引っ捕らえたのですから、さほどの危険はありませんでしょう」
と自信満々に続けた。
「めずらしく悲観的ではありませんか」
「そうかな」
どうして今回の件と皇后の話と
「わざわざ
「そうだね。まあ、何事もないことを祈るよ」
夕刻から執り行われる葬儀に関する仕事があるらしく、
「それにしても、私の屋敷に留め置いていることとか、誰が漏らしたんだろうねえ」
「さあ……。女房のなかに、
「
倉の奥、畳の敷いた区画に今日は
「意識が戻らず、熱も引きません。かなり血も流したので……。医師を呼んだほうがよくありませんか?」
「ウツギはこの見た目だからね。呼ぶわけにもいかないんだよ」
主人に続いてそばへ寄った
「それより
「何がです」
「鬼子だ。ふつう、気持ち悪いとかあるだろう。……私もはじめは抵抗があった」
抵抗があるのがふつうなのだ。ウツギは肌の毛が薄いぶんその恐ろしさが感じづらいが、
「そりゃあ、あたしだって驚きました。でも角が生えてようが生えてなかろうが、ウツギはあたしの友達です」
きっぱりと言い切る少女に、
「いつの間にか、ウツギにも友達ができたんだねえ」
「父としては複雑だ……」
男女の友情を信用していない
「結婚するなんて話はしてないからいいじゃないか」
「貴方はご存知ないからそういう事が言えるんです」
「
「背が高くてーとか筋肉がついていてーとかはないのかい」
背が高く逞しく、富と権力がある、美丈夫。たくましく、の下りはあまり求められることはないが、よくある貴族の娘の理想の男像である。ここに風流に理解があって、だとか文字が美麗だとかが加わるとなおよい。
「それは……あるかもしれませんが」
「なら問題ない。今のウツギは短躯で華奢。顔もまだまだ女の子みたいなものだよ。まあ、整っているとは思うけど」
彫りが異様に深いのでわかりづらいが、ウツギの顔はつり合いの取れているほうだしね、と言葉を添えると
「こいつ、文字は綺麗だったような……」
「父上、
横からぴしゃりと叱りつける少女に、大人の男ふたりは「あ、はい。ごめんなさい」と静まった。はあ、と小さく息をつくと、
「それと、ウツギは子どもだからちっさいのであって、そのうち大きくなると思いますよ。手足大きいですし」
「
そこそこ、というのがミソである。働きすぎると
「めったに帰らないくせに余計なお世話だよ」
正論である。とくに、
「あの。ここ、どこですか……?」
突然にぽつりと落とされた子供の声に、三人は振り返った。いつの間にか、ウツギがうっすらと
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