魂呼び 肆
がしゃん、と食器の割れる音がして、
「何の音かしら……?」
皇后が首を傾げると、今度はどたどたと走る音がする。ただ事ではないと判断したのか
「
「あたしも行来ます」
とすかさず立ち上がったのは
「ここは父のお仕えする主人のお屋敷ですから」
「……わかりました。
はい、と答える女たちを認めると、
「これは……血?」
持ち出した
「ウツギ……?」
こんなものを運ぶのはあの少年しかいない。だが近くに少年の姿はなく、ふたりは眉をひそめ顔を見合わせた。
するとやにわに、視界が翳った。
何かが頭上を通ったのである。いったい何だ、と顔を上げると、ふたつの黒い影が屋根から落下していた。そのふたつの陰はごんっと鈍い音を立てて
「ひ……!鬼!」
悲鳴をあげたのは
全身を黒い体毛に包まれ、
「銀髪に……
今度は
それは奇っ怪な
「もしかして……ウツギかい?」
先ほどまで見た服装で、しかも背丈のわりに長い手足が少年を彷彿させたのだ。
「いったい何事だい」
ふたりの女人のうしろから発せられたのは、この屋敷の主人の声である。騒ぎで駆けつけたらしい。そこには熊のように大きな男と、その男の随身で
「あ、
銀髪の
「
「あ。……落としてしまったみたいです」
今さら
ぽかんとしている
「それより……この
「侵入者のようなので、無力化しました。排除したほうがよろしかったですか?」
「いいや、生け捕りでいいよ。確認したいこともあるしね」
そう言い、振り返って随身に調べるよう呼び寄せている。それでようやく我に返ったのか、
「あの、
「あー、えっと。そうだね」
ぽりぽりと頬をかいてのんびりと答える
「あ、あろうことか皇后陛下のおそばに鬼人を置くだなんて!非常識にもほどがあります!」
「ちょっと髪や目の色が違って、角が二本生えているだけだよ」
「まったくちょっとじゃございません!
顔を真っ赤にして早口にそう言い捨てると、くるりと背を向ける。
憤慨した様子で去った女房の背を見届け、ウツギはへこりと小さくこうべを垂れたわ
「……申し訳ありません」
「まあ、仕方ないよ。いつかはバレるだろうなあと思っていたことだし」
「でもこれでは葬儀に……」
「近くでは参加できないだろうねえ」
どころか見舞いと称して様子を見に行くことも叶わない。どうしたものかと
「どうだい。焼印はあったかい?」
普通の鬼人ならば、首輪として家門の入った焼印が施されている。
「どうしたんだい、
「あ、
どこか歯切れの悪い言葉である。
その
「これは……」
「こんなものを寄越すだなんて……。
それは
「他の
「祖父は病がちで、兄たちは地方役人です。いま中央で先頭を切っているのはあいつなんです」
嘆くような声だ。実の兄弟でもないのに、
「ね、ねえ父上」
悲痛な空気のなか、娘の
「なんだ
「う、ウツギのそれ……大丈夫なんですか?」
「え」
「うわ、なんて傷だい。痛くないのかい」
「痛くない……ですけど」
当のウツギは茫然として、言われるまで気が付かなかったと腹に触れる。
かなり深く刺されたのか、押さえた場所からごぽりと血が噴き出す――次の瞬間、ウツギの身体はぐらりと傾き、力なく崩れ落ちていた。
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