魂呼び 壱
「お前に母はないと思え」
遠い昔、誰かがそう言った。
ざわざわと風に揺られる木の葉がうるさい夕暮れ時だ。
「どうしてですか」
そう問い返すと、その誰かはうっすらと微笑んだ。
❖ ❖ ❖
「それでけっきょく、ふたりともいらしたんですね」
ウツギは久しぶりの公達ふたりの姿に、
「いいんですか。
「大丈夫だよ。もう止めないって
のんびりと答えるのは熊のように大きな男である。その横には悔しげに唇を噛みしめる
ここは
つまり全くちゃんとしたお屋敷ではないのだが、ウツギはこの屋敷で暮らすようになって十日以上が経っていた。そして突然に家主である
「
「隠しているなんて言ってないよ。あえて黙ってただけ」
「それを隠していたと言うのです」
屋敷の正殿へ通したはいいが、始終ふたりのどうでもいい言い合いが続いている。ウツギは黙して見守るのみである。
「ウツギ、ちょっといいかい」
やにわに、室内に若い娘の声が差し込まれた。
振り返れば、そこには若い娘の姿がある。そのきりりとした凛々しい顔つきの少女に、顎が外れるのではと思われるほどにあんぐりと口を開いたのは
「……は。
「あれ、父上?お久しぶりにございますね」
そこにいたのは、
「お、お前。なんて格好をしているだ!脚なぞ見せて、はしたない!」
「女の着物は動きづらくて敵いませんゆえ、ウツギのを借りております」
くるりと回って見せる
「ウツギの……どうりで丈が……じゃなくて、なんでそんな格好でここにいるんだ!
かなり早口でまくし立て、主人へ詰め寄る。胸ぐらを掴まん勢いの随身に
「言葉で説明してもどうだし。直接会いに行こうか」
そう案内したのは、一度も使われたことのないはずの
ウツギが「
「ウツギ?
その鋭い視線がウツギの後方へ向けられる。ずんぐりと背の高い
「本当にいらしたんですね。一度もいらっしゃらなかったのに」
「ハハハ、これでも私はここの家主だよ?」
「ずっと倉に籠もって出ていらっしゃらないそうではありませんか」
事実なので、返す言葉もない。
「で、皇后陛下はお元気かい」
「は?皇后……?」
呆気に取られた随身に構うことなく、
部屋の中へ入ればいくつか
「まあ。ごきげんよう、
「元気そうで何よりだ。ウツギは役にたっているかい?」
「ええ、とても。末の
そうかい、と満足げにうなずく
「……つまり、私が注意したその日には破っていたということですね」
「まあ、そうなるね」
「
一生の不覚。
ようやく反省を終えると、こほんと咳払いして
「しかしそれで、なぜ皇后陛下をお屋敷に留め置く必要があったのです」
皇后が倒れる理由を探すならば、後宮でもできよう。後宮から離すならば、皇后の実家である
「まあ、あまり魂と器をながく離すのはよくないからね。とは言ってもウツギを
「ウツギをそばにおいても、何もならんでしょう。見た目が少し奇っ怪な子どもですよ」
「さあ、それはどうかな」
ふっと含みのある笑みを浮かべる主人に、随身は顔をしかめる。
「それに……皇后陛下がいるのに護衛がいないというのもまずいでしょう」
「そこは心配無用だよ。ウツギは元、
彼はいつの間にか戸のそばへより、
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