白陰の香 肆
その頃、後宮の
「皇后さま、お目覚めですか?」
「
「手、ですか?」
眉をひそめ、
「わたくし、いつも気が遠くなると、何も無いところに押し流されたようになっていましたの。いつも自分では戻れなくて、偶然に任せるしかなくて」
けれども、先ほどは違った。何かがぐいと
「それはきっと、
「でも神官はそばにいませんわ」
「中には、遠く離れた地からでも
それこそ、
「しかし
そう言葉をこぼす
「命の恩人は、私が必ず見つけ出そう。
「はい、お父さま」
穏やかな微笑を浮かべる娘を見届けると、
もう間もなくすれば、
だがその途中、意外な人物の姿に足を止めた。
「おや、
「げ、
「それはこちらの台詞だ。お前、めったにこちらへ出仕しないではないか」
「あらゆる地位も辞退して、従兄弟の若造なぞを
「ふん。私は
「まあ私は構わんのだがね。家にも帰ってないのだろう。少しは自分の家族のことも考えよ……」
「それこそ、お前には関係のないことだ」
「まあ、そうだがの。……して、何用でこんな遠いところまで顔を見せておるのだ」
まさか目を盗んで
その懸念もよそに、
「呼び出しだ。いい加減、相応しい地位に就けと。だが断った。私に相応しいのは
「犬畜生の精神を耕しておるのお」
「黙れデブ狸」
犬猿の仲とはこのこととばかりにふたりは火花を散らしていたが、今の
「急いでいるゆえ、このあたりで勘弁してやろう」
と言ってその場を後にした。何を勘弁するのやら、と
「
自分の留守のあいだ、そばで主人のお守りをするよう言い聞かせたはずである。なのに、倉のなかにはまたしても冠をせず寝そべっている主人の姿しかない。
よっこらせと言って熊のように大きな男は体を起こすと、いつも通りののんびりとした声で答えた。
「ああ、少し長い
「市への買い物以外に何があるんです」
「なんだろうねえ」
けろりと答えを濁す主人に、唖然とする。
「あの、まさか気が変わって余計なことに首を突っ込んではいませんよね?」
「さあ。どうだろうねえ」
これは確定と言ってよいだろう。少し目を離せばこれである。頭を抱えるも、すぐに気を取り直したように
「どこへやったのです。今すぐ連れ戻します」
「どこだと思う?当てたら教えてあげる」
どこだ。
「それとね、
「……私の話より
にっこりと笑うだけで、言葉では返さない。だが現に少年の姿がないということは、そういうことだ。
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