白陰の香 弍
大納言、
反乱や
もっとも血なまぐさいのは後宮とも言え、やれ妃が毒を盛らて血を吐いたただの、やれ
そのためか警備は顔パスのみで、荷の
「こちらだ、迷子になるなよ」
やはり
送りつけられてすぐ、この脂の蓄えた男はそう言って肩を落としていたが、それでも
じっさいウツギはただ「見てこい」としか言われていないので、何か策を講じられるわけでもなく、後をついていくのみであった。
(この感覚……)
くらくらとして、気の遠くなる。
それでもぐっと堪え、
「主人に代わってお見舞い申し上げます」
「あら……?」
予想と異なる皇后の反応に、ウツギは眉をひそめる。
「どうかなさいましたか」
「いいえ、なんでもなくてよ。その声、まだ子どもですよね。
「今年で
自分の年齢は
皇后には自分と
あたまを撫でられたさいに、ひたいの角に彼女の手が
「皇后さま、そのあたりで」
とあの組紐飾りの女房が切り出したとき、ウツギは大きく視界が揺れるのを感じた。
(このにおい)
この部屋の中も香が焚かれていて、むせ返るような甘やかな香りが立ち籠めていた。その香りのなか、息を潜めるように香る
「皇后さま!」
宮の女房たちが悲鳴をあげ、卒倒した皇后のそばへ駆け寄る。その動きがやけにゆっくりと見え、音も遠くて何を叫んでいるのかわからなくなる。
ウツギは周囲に気取られぬようによろよろと後ろへさがった。――ここには
「はあ……またやるかと思った」
へたへたとその場に座り込み、深く息を落とす。
外の空気を吸うと、なんとか回復した。外とは言え、すぐ後ろは
「帰ってもいいかな……」
ため息混じりに呟き、建物の間から覗く群青を見る。
確証を得るため、と送りつけられたが、目の前で倒れる皇后に何かができるわけでもない。
(……あれは)
ふと、
紫無紋の袴の、若い神官である。
「
「皇后がお倒れになったと聞きます。きっと神官が「みた」ほうがよいでしょう」
「いいえ。
しばしそのような言い合いが続いたのち、神官はしぶしぶ引き下がった。
(このにおい……)
神官が横切ったそのとき、ウツギはハッとして目で追った。その時にはすでに神官は背を向けて
「確証、と言っていいのかな、これは」
ぽつりと独り言ち、
その
「おや、お帰りウツギ。後宮はどうだった」
とろんとした目を穏やかに細める主人に、ウツギは静かに首肯する。
「思ったより男のお役人さまがうろうろしていて驚きました」
「
「婚活会場なんですか、後宮は」
ハハハと愉快そうに笑い返すのみで、否定も肯定もしない主人にウツギは顔を引きつらせながら、
「……ひとつ伺ってもいいですか」
「なんだい」
「香りについてです。墨汁のような……。墨汁にしては少し甘くて……」
「少し辛味がある匂い、だろう」
「はい。あれは何なんですか」
「あれは
「
その理由を「視る」さき、読み解く側も魂と器を少しでも乖離させたほうが明瞭に視えるとされているのだが、多くはおのれで器と魂を離すことができない。そのため、用いられるのが
「医師も使うんですか?」
ウツギは、
「医師は元神官だよ。才がなく夢破れ、妥協して知識と最低限の
「へえ……」
「それで、その
当然の問いである。
主人をゆっくりと見据え、ウツギは静かに返した。
「皇后の居室にはかならず、僅かですがこの香りがしたんです」
華やかな
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