白陰の香 壱
――後宮。
またの名を
そこに住まうのは
「皇后さま、おかげんはいかがですか」
宮の女房のなかでも年齢の高い
「ありがとう。だいぶよくなりましたわ、
「ああ!そんなご無理なさらないで」
ゆっくりと身体を起こす
また倒れたのである。神官、
「おいたわしい。代わって差し上げられたらどんなによいことでしょうか」
「そんなこと言わないで、
「皇后さま……」
いまの皇后の立場は実に不安定である。
同じ妃である女御たちには皇子がおり、そのなかでも第一皇子を生んだのが
おかげで
どうしたものか――宮の女房たちは口々にそう嘆き、息を付いた。
「このお腹の子のためにも、母としてしっかりしなくてはなりませんわね」
周囲を元気づけようとしているのか、その声は明るい。その声に
「そうですよ、皇后さま。私たちも可能なかぎり精いっぱい、支えますから」
その鼓舞に呼応するように、意思のかたい表情で女房たちは頷きあった。
すると、ひとりの女房が声を上げた。
「皇后さま。
「まあお父さまが?お忙しいのにいつも来ていただいてしまって申し訳ないですわ」
頬に手をあて、おっとりと首をかしげる。
肚に子を宿してから、よほど期待しているのか足繁く通ってはいたのだが、倒れるようになってからはその数はいっそう増やされている。
「愛する娘を案じておられるのですよ」
「そうは言っても
一日二回訪れることだってあるのだ。女房たちが苦笑しながら、寝台からおりた皇后の身なりを整えるのを手伝った。
身支度を終えたくらいに、どたどたと大きな足音が聞こえ始めた。
脂のたくわえられた
「
と聞き慣れた声がする。
「お父さま、ごきげんよう。お父さまのお声を聞きましたら、とても晴れやかな気分になりましたわ」
「そうかそうか」
夏らしさのある
「あら?あなたは確か……」
皇后、
そこには顔を白い
「お父さま。あの子どもはどうなさったの」
「ああ、
「主人に代わってお見舞い申し上げます」
「あら……?」
「どうかなさいましたか」
「いいえ、なんでもなくてよ。その声、まだ子どもですよね。
「今年で
「まあ!弟と変わらないですわ。もっと近くにお寄りなさい」
嬉々とした声で命じる皇后に、宮の女房は「え」と青ざめる。
「皇后さま、それはいかがかと」
「まあ
これが元服後の男であれば、色々と思うところができようが、相手は元服前、しかもきっと下の毛も生え揃っていないだろう子どもである。女房がぐっと口をつぐんだのを認めると、
すぐそばへ来させた少年は、やはり小柄で華奢。
「顔は隠しているのですか?」
「醜い火傷で皇后さまがたのご気分を害してしまいますから」
「それは大変ですわね」
同情するように眉を八の字にする
「ふふ。弟より少し小さい。実家にいる弟を思い出しますわ」
皇后の弟は、この少年と同じ
「皇后さま、そのあたりで……」
「そうですわね。お返しせねば。つい、懐かしくなってしまいましたわ」
柔らかな微笑を浮かべ、少年から手を離したその時。
「――皇后さま!」
全身の力が抜けたようにぐったりとして、目をうっすらと開けたまま動かない。そのまなこには生気がなく虚ろ。呼びかけても返事もなく、ピクリとも動かない。いつもの症状である。
「
「早く、皇后さまを寝台に!」
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