雁舞の家 肆
ウツギが倉へ戻ったとき、なぜか
畳の真ん中に
なんとも気不味い時に帰ってきたものだ――
何と言えばなんと言えばよいのかわからない。ウツギはしばし考え込んだのち、
「ただいま戻りました」
とだけ言って、後で
さすがにここまで分かりやすく目を逸らされると、かえって居たたまらない。
「お前、少しはツッコめ」
「はあ。こういう時、なんて言えばいいんでしょう」
真面目に聞き返されると、なんだろうとなるものである。
真面目に考え始めた男を横目に、ウツギはそっと
「
さすがにこっそり訪問した
「よし、
かなり無理のある追い出し方である。
「はああ!?最後のは不可抗力ですよ!ウツギが帰ってきてつい……」
「それでも負けは負けだよ」
ぐいぐいと背を押し、さっさと行けとうながす
いつもの場所とは海辺から岬を上がって
日々、この主人は他の
「ほら、さっさと行った行った!」
「ウツギ、
と大真面目に罰ゲームに従う中年男はなんとも痛々しい。倉の前で
「余計なことには首を突っ込むな、この返信はしろクソ野郎、らしいですよ。あ、あと。三日以内にお返事を出さないと、
「ハハハ、
差し出した
今は目を通す気分らしく、
「ウツギはさ、
「いえまったく」
あっさり認める少年に、主人はまた苦々しく笑う。
中で話そうか、と穏やかに目を細める男に従って、ウツギは倉の中へ戻った。
「
最低限の知識、とは民が食っていけるよう作物を育て鳥獣や魚を狩り、布を織り、道具をつくる。それらの一部を取り立てて、治水に当て、民を暮らしやすくする――これらの流れを淀ませないために必要な知識のことである。
なぜこのような役職があるのかと問われたら、伝統だからとしか言えない。いつから始めたのかは誰も知らず、この役職はずっと昔の先祖たちから受け継がれている。
きっとそのかつてには意味のある役職だったのだろうが、人も道具も満ち足りた今では不要。かつては十数人は抱えるのが当然であったが、予算の無駄なので人数を削り、今や
「だからかなりの知識は頭にあるんだけど、全部じゃあないんだ」
「はあ」
だから何なのだ。話が読めず、ウツギは首を傾げるが、
「さて。まあ話は逸れたけど、どうだった?」
逸れたもなにも、そもそも話を始めていない。ウツギは小さく息をつくと、おそらく問うているだろうことの答えを返す。
「ひとつ気になることはあるのですが」
「そうかいそうかい。それは遣いにやっただけはある」
「でも確証はありませんよ。比べるにしても違いがありすぎましたので……」
おそらく文を用いることで手を回したのだろうが、
だが、方や異様に質素で主人の部屋は無駄に散らかっているというあべこべな屋敷で、方やそもそも主人がまったく帰っていない屋敷。
「まあ、そうだろうね。
「まあ、はい」
「
なるほど、あれでも家人の手が入っていたのか。一瞬であそこまで書物を散らかすのはある意味才能と言えよう。
さてと、と話を切り出すかのような口調で
「さて。確証を得るために、本拠地へ乗り込もうか」
「……はい?」
「あの日は理由をつけて実家に呼び寄せさせたけど、皇后陛下がいつも暮らす場所は別にあるだろう」
「嫌な予感しかしないのですが」
皇后が暮らすのは
「大丈夫大丈夫。思ったより
手配するから後宮へ行って来い。
ここまでの無茶振りをする主人はきっとそういないであろう。ウツギは開いた口が塞がらず、呆然とした。
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