魂離れ 肆
「ああ、よかった!また目を覚まされなければどうしようかと……」
飛び込むように走り寄り、皇后の手を取って叫んだのは女房の
「それで、
同じくほっと胸をなでおろしていた
「いわゆる
――
その言葉に、その場にあった者たちは
「なんだって?」
「大きな病や怪我を患われたこともないのに……」
「小さなころから健康そのものでしたよね」
口々にそう呟く彼らのなかで、ゆいいつウツギだけが理解できず首をかしげていた。そんなウツギの腕を引いて立たせると、いつもののんびりとした声で
「
通常であればこの結びつきが緩んだりほころんだりすることはない。だが器を大きく損傷するような怪我や病をきっかけにその結びつきが不安定になることがある。
「身籠って不安定になることで、魂と器の繋がりが弱くなる、ということもあるよ。もちろん、子を生んだ直後でもね」
と続けると、
「でも今回のは少し酷いから……他の要因も考えたほうがいいね」
「他の要因とは」
疑問を口にする
つと、
「……それより、史紀さまのご家人はどうしたので?」
それは他の女房たちも思っていた疑問であろう。
「この子は、
「え、どんな体質なんですか」
自分のことなので、つい問い返してしまう。
「おや、無自覚なのかい。君はひどく魂と器の結びつきが緩いだろう」
「自覚することってあるんですか」
「ないかもね」
ないんかい、と内心で思いながらも言葉を呑み込んだ。代わりに、もうひとつの疑問を口にした。
「この部屋に来た途端に気が遠くなったのも、その体質の所為なんですかね」
「そうなる要因がこの部屋にあった、ということだろうね」
「もしかして俺、探知機として連れてこられたんですか」
「まあそうだね」
そう言うことは先に言え、となぜか
何か言いたげな者たちに
「ウツギ。この部屋で奇妙に感じたことはないかい?」
「そうは言われましても……。こういうお屋敷はこちらが初めてですし」
初めてなのは「おそらく」である。ウツギには海で女の死体を見る前までの記憶がない。
「
「それは盲点だったなあ」
呑気に頬をかく男に、ウツギは沈黙で返した。
すると、ようやく落ち着いたらしい女房の
「奇妙な点とは……どういうことですか。皇后陛下のいらっしゃる居室に、何者かが良からぬことをしたと申すのですか」
「そうだね」
「なんということ!今すぐにでも側仕えの者たちを
「それは難しいと思うよ、
「どういう意味ですか」
熊のように大きな男をきっと睨みつける
「おそらく、通常では見抜けない相手だからだよ」
「呪詛でも掛けられていると申すのですか」
「そうだね。それに近しい何かである可能性がある」
だから諦めろと言うのか。何もせず皇后陛下が苦しむのを見届けるなど、皇后付きとしてあってはならないことだ――
「もしや……
唐突にぽつりと言葉を落としたのは
「
納得したようにうんうんと頷き、さらに加えて、きっと
ふむ、そうだあなと困り顔をして
「私はあまり大っぴらに動けないからなあ」
ならばどうするのか。とろんとした目をウツギへ向け直し、彼はゆっくりと続けた。
「よし。ウツギ、君が私の代わりに動きなさい」
「はあ。…………はあ?」
このくだり、既視感がある。
ウツギは
「あの、代わりって何をするんですか」
「まずは
「違和感ってたとえば」
それはわからない、とあっさりと白状する主人へ呆気に取られる。
「どちらにせよ
「その
「まあね。面白そうだし」
その面白そうという軽い理由で家人を振り回すのか、と
小さく息をつくと、ウツギは観念したように問いを続けた。
「それで。貴族のお屋敷を知るとおっしゃいますが、それは
「いいや。私の屋敷は落ちぶれ貴族みたいになってしまっているからあまり参考にならないんだ」
「……めったにお帰りにならないですしね」
ウツギが
「ひとりで暮らすには広すぎるからねえ。何も置いていないし」
それは
「とにかく。ウツギ、これは決まりだ。さっそく明日から飛び回ってもらおうか」
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