夏の来客 肆
「なんだい、
のんびりとした声で
「いやはや、
「……なんだと?」
明らかに不機嫌そうな声をこぼし振り返る公達はふたり。
「
どこが不穏だと言うのか。心外だとばかりに
「
「皇后陛下……
のんびりと言葉をつぐ
「こ、皇后は御子を肚に宿しておられる。それゆえに体調が優れないのではないですか」
「それもあるが、どうにも異なるのですよ。とくに
それは突然にふつりと膝から崩れ落ち、こんこんと眠るものだと言う。何度呼びかけても返事がなく、ひどい場合は半日こんこんと眠っているのだとか。
絶やすことのなかった笑みを消し、心から娘を案じているような顔をする
見守っていた公達ふたりはがくりと脱力し、
「
「だってこの話、いつまで続くんだい。私は何もしないと答えているのに長くないかい」
それもそうだが、と思うものの、じとりと年下の従兄弟が見つめてくるものだから随身としてはいたたまれない。
するとだしぬけに、
「長々と話してしまったが申し訳ない。じつは、娘を「みて」いただきたく、言い訳をつらつらと並べてしまったのです」
突然の私的な「お願い」に、おいと驚いたように
それは
対してどちらにせよ答えを変える気のない
「それこそ、ちゃんとした医師に診てもらうといい」
「いいえ、朝廷の息のかかった者はいけないのですよ」
「まさか、毒でも盛られたのかい。君たちは大変だね」
まるで他人事である。
否。事実、彼にとっては遠い土地の出来事と同然なので、関心を覚えぬことなのである。ゆえにいつまでも引き下がる相手はただ煩わしいだけである。
「
呆れたように嘆息して、
「私は
「
「そのみたものが、
きっぱりとつっぱね、やおら立ち上がる。ウツギを手招いて「お見送りを」などと言ってきたので、とうとう力付くでも追い返すつもりになったらしい。
仕方なくウツギは客人ふたりへ向き直って、
「外までお送りします」
と告げるとようやく
「ああ、そうだ」
戸のあたりまで出かかったところで、唐突に
「
ひょいと投げてよこされたものを受け取り、何とも微妙なおももちをした。
長々と話を続けた嫌がらせなのか、それとも実は他意のないのか。渡されたのはいつの間にか色々と書き足されて複雑になったあのへの字の
ふたたび倉の外へ出たときには、日が少しだけ西へ傾き、変わらず蝉の声が反響して濃い緑がゆらゆらと木漏れ日を落としている。湯けむりのように熱く湿り気のある外気が、じんわりと汗を滲ませるのも変わらない。
外で待つ牛車のそばまで、ウツギはずっと無言のお客人ふたりに付き従った。
「ひとつ聞いてよいか」
「なんでしょうか」
顔を隠す
「あの御方に
「どの件ですか……?俺、あんたと初対面だと思うんですけど、何かお伝えすることありましたか」
首を傾げてみせると、相手はぴくりと眉を上げた。不思議な反応だ。顔を険しくして何やら考え込むような素振りをしたが、すでに乗車している連れが「いかがしたか」と問うので、悩ましげに眉間を手で押さえて言った。
「わからないならばそれでよい。あの困った御方には世話になったと伝えてくれ」
車の中から見えぬようにしながら、ずいと何やら
――何だったのだろう。
悠々と
蝉の声が揺らす茹だる空気の中、ぽつんと取り残されたウツギはしばらく遠ざかる牛車を見届けていたが、ぽたりとひたいを伝った汗で我に返った。こうしていても暑いだけだ。
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