最終話

 私と王子の身を張った作戦を経て、衛兵の皆さんに受け渡されたリリアン・アクティ『元』男爵令嬢は、その後厳しい取り調べを経て国家転覆に関する罪が確定しました。

 あの宝石に刻まれた記録は勿論、当事者たる私や王子の証言、何よりも私たちが貸し切ったあの屋敷の中に残されていた『魅了』の魔術の使用の痕跡が決め手となったようです。

 死罪を望む声もありましたが、最終的には生き恥を晒させる事で罪の重さを国民に知らしめるという意向もあり、魔術封じの頑丈な鎖をかけられた上で、牢の中で残りの長い人生を過ごす事となりました。

 そして、この私、マルティナ・シノビアの名前をどこからか聞く度に、リリアンは顔を青ざめ、恐怖に苛まれる様子を見せるようになったそうです。


 また、今回の事件に絡み、アクティ男爵家そのものがリリアンを用いてこの王国全体を乗っ取ろうと画策していた事もはっきりと証明されました。

 ずっと前、領民に対する不要な重税を始めとする幾つかの悪徳が暴かれた結果、男爵の位へ格下げされた事に対する逆恨みが大きな要因だったようです。

 これらの計画が明るみに出た後、男爵家の面々の爵位が剥奪され、関係者は全員揃って厳しい取り調べを受け、各自の罪に応じた重い刑罰を処せられたのは言うまでもないでしょう。


 そして、この計画をふたりで暴いた私と王子ですが、まず私のお父様を始めとするシノビア家の面々は、我が国の危機を解決した旨を大きく称えてくれました。

 特に普段から豪快なお父様は何度も何度も私たちを褒めたたえ、家に代々伝わる財宝の大半を私たちに贈呈するとまで言い出しかける程でした。

 それは流石に言い過ぎだ、とお母様を始めとする家族の面々や使用人の皆さんが慌てて止めたのは言うまでもないですが。

 私が事件解決にあたってシノビア家に代々伝わる術を駆使した旨についても咎められる事はなく、むしろ国を脅かす存在を暴くため大いに活用した旨を評価してくれました。


 一方、王子のご両親、つまりこのクロン王国を統治する国王陛下と王妃からも、国家を揺るがしかねない事態を未然に防いだ事へのお褒めの言葉を頂きました。

 自分たちの身を危険に晒すことも恐れず、恐るべき野望を見抜き、解決に導くきっかけを作った事を評価してくださったのです。


 ただ、同時におふたりは、私たちの行動に釘を刺されました。


 確かに、禁断の魔法を使う相手と言う事もあって慎重な行動が必要だった側面もあったとはいえ、今回私たちは兵士や将軍といった国を守る人々、陛下や王妃を始めとした国を治める方々にも一切を明かさず、協力も求めず、密かに作戦を進めました。

 でも、それは陛下がご指摘された通り、一歩間違えれば取り返しのつかない事態になり兼ねない危うい方法。

 今後、ふたりだけで問題を抱え込むような事は避けてもらいたい。国の危機は我ら全員の危機、国の幸福は我ら全員の幸福なのだから――おふたりの厳しくも心に染みる言葉を聞いた私たちは、自然に頭を下げていました。


 ともあれ、国家を揺るがす大事件を解決した私たちの功績を認めてくださったおふたりは、私たちに褒美を与える、と述べてくださいました。

 そこで、私とウィルソン王子は、こんな事を思いつきました。しばらくの間、別邸でのんびりふたり・・・で寛ぎたい、という願いを。

 それで良いのか、と国王陛下や王妃は驚かれていましたが、私たちにとっては煌びやかな宝石や更なる名誉よりも、愛を重ねる時間の方が何よりも幸福だと感じていました。

 長い時間をかけて進めた秘密作戦の疲れを、美しい自然に囲まれた別邸で癒したい、という思いもあったのです。


 私たちの言葉を受け、国王陛下も王妃も納得し、改めて休暇と言う形の褒美を授けてくださいました。

 この国の未来を支える者として、くれぐれも無茶な事はするな、というご忠告と共に。


「ありがとうございます、父上、母上」

「このマルティナ、王子と共に別邸での休暇に全力を注がせて頂きます」


 こうして、私たちはしばらくの間、のんびりとした日々を過ごす事にしました――。




「ふふ、マルティナ……♪」

「「「「「「ふふ、どうしましたか、王子?」」」」」」」」  


 ――この広大な別邸を、数百、数千人に増えたこの私、マルティナ・シノビアでたっぷり覆い尽くしながら。



「いや、いつもながら君の『分身の術』には心躍らされるな、って思ってね」

「「「「「「「「「ありがとうございます♪」」」」」」」」」」

 

 私が最も大好きなこの家伝の術を見せる度に、王子はいつも目を輝かせてくれます。

 この私が数限りなく増える事に興奮されているのか、同一存在を絶え間なく召喚可能な『分身の術』の中身に多大な興味を抱かれているのか、その真意はまだわかりません。

 それでも、私が『好き』な要素を心から素晴らしいと言ってくださる王子は、『私』にとっても非常に素晴らしいお方です――いえ、この状態なら『私たち』と言った方が良いかもしれませんね。


「でも、『君たち』を見ていると少し申し訳ない気がするなぁ」

「「「「「「「「「そうですか?」」」」」」」」」」

「そうじゃないか。確かに君は幾らでも増えることが出来るけれど、残念ながら僕はそのような術を使うことが出来ないし、どんなに頑張ってもずっと『1人』のままだ」


 私=マルティナが人海戦術を使って調査や誘導、そして様々な作戦を実行に移していた一方、たった1人しかいない自分=ウィルソン王子は最低限の事しか果たせていない。

 何より、大勢いる私=マルティナ・シノビアという存在全てを抱き寄せ、その身体の暖かさを確かめる事は不可能に近い。

 やがてこの国を治める事になるのに、自分がどこか情けない――苦笑いをしながらご自身を卑下する王子に、『私たち』は声を合わせて、そのような事は決して考えていない、という旨を伝えました。


「「「「「「「「「そもそも、王子は決して情けなくなんかありません」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「王子の卓越した知恵や豊富な知識は、様々な事に役立っているではないですか」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「魔法や宝石の情報が無ければ、この作戦は成功しませんでしたわ」」」」」」」」」」


 こんなにたくさん数を増やせたとしても、王子が有する優れた知性や素晴らしい好奇心に到底追い付けない事に、悔しさや羨ましさがないとは決して言えない、と、たくさんの私は揃って正直に思いを伝えました。

 そもそも、リリアンを追い詰めるため練りに練った策略の数々の発案者は、ウィルソン王子だったのですから。


「そうか……マルティナ、僕の事をそう思っていたんだね」

「「「「「「「「「「ですから、情けないと悩む必要なんてありません」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「王子は、私にも負けない勇敢さを持っていますわ。私たちが、その証人です」」」」」」」」」」

 

「……ありがとう。やっぱり、マルティナ・シノビアは興味深く素晴らしい存在だよ。その『術』も、その『心』もね」

「「「「「「「「「「……こちらこそありがとうございます、王子」」」」」」」」」」


 そんな会話をしているうち、私たちはふと視線を窓の方に向けました。

 カーテンが開かれた窓の外はすっかり夜の帳が下り、空には数えきれないほどの星が瞬いています。


「「「「「「「「「「今夜も綺麗な星空が広がっていますわね」」」」」」」」」」

「そうだね、星々が今日も僕たちを見つめている。でも、どれだけ数多もの星が美しかろうと、この別邸の中で輝くたくさんの『星』には敵わないよ」

「「「「「「「「「「王子……」」」」」」」」」」


 王子の優しい言葉を聞いた私たちは、一斉に頬が熱くなるのを感じました。

 『魔法』とは一線を画した力を自在に操る、ともすればリリアンのように恐怖に苛まれる人もいるかもしれないこの私。

 でも、王子はどんな思いであれ、そんな私を心から受け止め、愛してくれています。そんな王子こそ、私――いえ、数多もの私たちにとっては空に輝く一番星よりも眩しく暖かく、そして美しい存在です。

 いつか王子がこのクロン王国を司る立場になった時、私は自分の持つ力を最大限発揮し、国のため、人々のため、そして私たち自身のために尽くしていくつもりです。

 勿論、私たちと志を共にする、大勢の仲間たちと力を合わせる事も忘れずに。


 でも、それはもう少し先の話。王子と共に過ごすこの時間を大切にするのが、今の私たちがなすべき最良の選択です。


「さて、夜は長い。今夜もたっぷり、『2人』だけの空間を楽しもう、マルティナ」

「「「「「「「「「「はい、ウィルソン王子……♪」」」」」」」」」」

 

 こうして、別邸の中は今夜も穏やかな笑い声に満たされるのでした。

 何百何千、それ以上の数に増えてあらゆる場所を埋め尽くす、最愛の人と思いを共有するこの私、マルティナ・シノビアによって……。


「ふふふ……♪」

「うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」うふふふふ♪」…


<おわり>

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私たちを罠にはめて婚約破棄に追い込むつもりだったようですが、生憎全てお見通しです 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice

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