第3話 私の求めるものは最強という名の称号だ……カフェ経営ゲーだがな!

「今カフェ経営やってるんだけど、お店のレイアウトとか、楽しいよ〜!」

「へえ! お店経営? 楽しそうだね」


 いつものように、後ろを振り返り椅子を跨いで座っている、私の目の前のオールマイティゲーマー、佐藤さとう麻衣子まいこと、私の隣の席から椅子を借りて座っている、可愛い物が大好きな、ふわふわツインテールの鈴木すずき杏莉あんりが、何やら大人びた会話をしている。

 私の名は、兼元かねもと玲子れいこ

 真っ黒で長いサラサラストレートをポニーテールにした、やや長身のJKだ。

 JKは、女子校の校長でも、女性看護士でも、常勤監査役でもない。女子高生の方だ。

 そして当然、同じ高校に通っている麻衣子や杏莉も、JKのはずだ。

 カフェ経営には、確か食品衛生責任者資格とかが、必要だったはずだ。


 食品衛生責任者資格所得の為の講座を受けるには、特定の職業である、もしくはその学校を卒業した者以外は

『厚生労働大臣の登録を受けた食品衛生管理者の養成施設において所定の課程を修了した者』

『学校教育法に基づく高等学校若しくは中等教育学校若しくは旧中等学校令に基づく中等学校を卒業した者又は厚生労働省令の定めるところによりこれらの者と同等以上の学力があると認められる者で、食品衛生管理者を置かなければならない製造業又は加工業において食品又は添加物の製造又は加工の衛生管理の業務に3年以上従事し、かつ、厚生労働大臣の登録を受けた講習会の課程を修了した者』


 という条件がある。

 少なくとも、JKである彼女らが、資格を所得出来る施設を修了したとか、何らかの食品関係所に3年以上従事していた様子は、ない。

 可能だとすれば、その資格所得者を雇い、経営している、という事に……


「言っとくけど、これ、カフェ経営ゲームの話だから」


 私の訝しげな様子から全てを悟ったのか、麻衣子が私に補足説明をする。

 成る程。合点がいった。


「では、私も……」

「却下」


 私の言葉が言い終わる前に、麻衣子が速攻で私の言葉を遮る。

 ……まあ、麻衣子もまだやっていないようだし、私が同時に始めて美しく大繁盛する店を先に作ってしまったら、悔しくて敵わない、といった所か。


「……何? そのムカつく視線は?!!」

「うん、うん」


 私が向けている、憐れみの視線に気付いた麻衣子は、図星を指された為か険のある言い方で私を責めるが、私は優しい瞳で麻衣子の肩を宥めるように軽く叩いた。


「まあ、私は後から始めるから、先に麻衣子が始めればいい」

「何だそれ?! そういう意味じゃないし、後からでも前からでも玲子は格ゲー以外やるな!!!」

「ちょ……麻衣ちゃん、それは言いすぎだよ……」

「杏莉はあの、惨劇を見てないから、言えるんだよ……!」


 麻衣子のあんまりな命令に、杏莉が私に対するフォローを入れる。

 そんな杏莉の言葉に、麻衣子は己の前面にあった椅子の背もたれに手を掛け、項垂れてしまう。

 確かに、私の持っているゲームはほぼ格闘ゲームで、それ以外のジャンルは、始めて数分で放置してしまったが、出来ない訳ではない。唯、場数を熟していないだけだ、と訴えたい。


「……格ゲーだと、初回から無敗のくせに……多分、玲子は他のゲームをする能力を全部、格ゲー一択で、ステ割りしちゃったんじゃない?」


 麻衣子の能力値を、

RPG:5 アドベンチャー:5 シミュレーション:4 格闘系:1 シューティング:2 パズル:3


 とすると、私の場合、

RPG:0 アドベンチャー:0 シミュレーション:0 格闘系:∞ シューティング:0 パズル:0


 という、偏ったチート能力値になってるのでは、と説明が入る。

 ゲーム脳らしい麻衣子の説明だが、私には余計分からない。

 確かに私は、色々手間の掛かるゲームは苦手だ。

 この数値も、何が何やら分からない。

 というか、そもそも『メニューを開く』というのが億劫で仕方ない。

いたす』とかが入ると、何を棄てられるか堪ったものでなく、格闘物ですらお手上げだ。

 え? 英語の『status』も知らんとか、訳が分からんな。

 社会的地位、身分などの意味は知っているが、ゲームの『いたす』とは、何の関わりも無かろう?

 やはり格闘は対戦が一番だ。分かりやすくて面白い。


「玲子ちゃんは、現実でも強いモンね」

「当然だ」


 杏莉は、風もないのにフワフワとツインテールを靡かせながら、私をウットリと見詰める。

 切っ掛けが対戦格闘とはいえ、現実でも強くなりたいと思い道場に通い出し、その試合やちょっとした紛争なども含め、無敗を誇っている私は力強く肯定した。

 そんな私と杏莉の、ほのぼのとしたやり取りに、麻衣子は再び頭を横に振り始める。


「だから、アンタは格ゲーやってなさい。杏莉、そのカフェゲーってネットだっけ? 私もやってみようかな。玲子には教えちゃダメだからね!!!」

「え……麻衣ちゃんが、始めてくれるのは嬉しい、けど……」

「ちょっと待て! それとこれとは別問題だろう?!」

「全然、別じゃない!! 絶対アンタ、誰か伸すでしょ!!」


 麻衣子は、勝手に杏莉と話を進めようとしているが、冗談ではない。

 様々な珈琲や紅茶、ケーキや軽食など、様々な物に精通している私を経営させずに、その話を進めてもらっては困る。


「……スティックの粉にお湯を注いで? コンビニスイーツも、美味しいけどさ……」

「なら、良いではないか」

「良くない。アンタは絶対! 他のプレイヤーをすから」

「人、さない。絶対」

「ま、麻衣ちゃん、玲子ちゃんも交ぜてあげようよ……ゲームの説明で、お客キャラであるNPCに何かしてもすり抜けるだけ、とか注意書き有ったし、ね?」


 私の脳内を、いとも容易くツッコむ麻衣子に、私は決死で決意の言葉を……思わず片言で口にする。

 当然、私もすつもりは毎回、全くない。ただ、相手が攻撃しようとしてくるのを、払っているだけだ。

 だから、嘘ではない。

 それを見ていた、愛らしい乙女である杏莉は、私に助け船を出してくる。


「杏莉、それホント?! ……んじゃ自分の店内だけ、動いてね。他の場所行ったら、許さないから」


 杏莉の助け船のお陰か。言っている意味はよく分からないが、麻衣子が渋々承諾する。

 やはり麻衣子はチョロい。いや、甘い。いや、優しい。

 私と杏莉はお互いの手を合わせ、喜び合った。


「イイカンジになってきたら、教えてね♪ 覗きに行くから」

「ダメーッッッ!!! 杏莉、行ったらダメーッッッ!!! 壊れた杏莉を見たくないーー!!!」


 壊れ欠けている麻衣子を余所に、私と杏莉は仲良く帰路に就いた。



 帰宅した私は早速、VRバーチャルゲーム機にアドレスを入力し、ヘッドギアを装着する。

 眼前には、コーヒーカップやケーキ等のファンシーなタイトル画面が現れた。

『ワクワク☆カフェライフ』

 ……いや、言うまい。

 奴らの好むゲームだ。オノマトペタイトルである事は、とうに読んでいたではないか、しっかりしろ!

 心を落ち着けようと思案している間に、私は簡素な部屋へと降り立つと、脳内に音声が響き渡る。


『まずは、テーブルと椅子を設置してみよう♪』


 私はゆっくりと、音声の言っている意味を考える。

 室内には、薄茶色のフローリングが敷き詰められ、木目調の壁に覆われている一部に木枠の小さい窓、扉が設置されているのみである。

 窓にはカーテンすらもなく、扉には申し訳程度に透きガラスが填め込まれていた。


「……こんな何もない所で喫茶経営とか、どうかしてるとしか思えない……」


 流石の私も、為す術もなく立ち尽くしてしまう。

 が、先程の音声が徐に私の脳内で再生される。

 テーブルと椅子を設置しろ、と……


「……そうか!」


 私は音声の言葉の意味を漸く理解し、扉を壁から引き剥がした。


「これが俗に言う、DIYてめえでつくりやがれだな!」


 引き剥がした扉の両端を手刀で切り、その端を元の扉の両端に食い込ませる。

 テーブルの完成だ!


「次は、椅子だな!」


 私は壁に拳で、欲しい正方形の周りに穴を開け、その正方形部を押すと、穴を開けた所から抜け落ちた一枚板を完成させる。

 その要領で、板を作っては力づくで食い込ませ、とうとう椅子も完成させた。

 しかしその刹那、扉があった場所から、見知らぬ人間が乗り込み、あろう事か、私が丹誠込めた椅子に無言で座り込む。

 私は警戒しつつもその様子を眺めていると、何やら不機嫌な様子で、そのまま外へと出て行った。


「……何だ? これは、何だ?!」


 先程の人間が去ったかと思うと、再び違う風貌の人間が現れ、同じように不機嫌になって出て行く。

 それが、延々に繰り返されるのだ。

 人間にしては無機質で、来る時は嬉しそうに、帰る時は不機嫌な顔をしているのだが、感情に伴った気配がない。

 人の周りを纏うはずの起伏が、全くないのだ。

 VRの世界で会う人間は、機械を透している為か、それがかなり薄くはなっているのだが、全くない訳ではない。

 格闘を好むタイプは、より一層大きく、消極的な人間は、かなり薄い。

 全くない人間も、極たまに現れるが、こんなに毎回、同じように感情を持ち合わせない人間が、順番に現れるという状態は無かった。

 敵キャラとして作られた物も、こちらを攻撃するという特性の為か、変化はないが、一定の物を纏っている。

 ……つまり、この人間達は私を全く認識せず、徒、私の作った椅子に座り、出ていくという事を繰り返す為だけに、作られているのだ。


「……一体、何がしたいゲームなんだ……」


 ゲームの真意が、理解出来ない。

 カフェゲーというが、コンロ一つ無い為、何も作れない現状にも関わらず、不気味な人間は、人の作った椅子に座り、不機嫌になって帰っていく。

 ……これは、良い椅子に座りたいのに、座り心地が悪いからやり直し、という意味なのだろうか?

 私は再び壁を殴り、板を作り出して、なるべく座り心地の良い椅子を作るよう、板と向き合う。

 板に緩いカーブを付けるか悩んでいたその時、座って暫く経つと扉のあった方へと帰るはずの人間が、やはり不機嫌な表情で、こちらに向かってゆっくりと迫ってきた。


「……本性を現したな!!」


 私は板から手を離し、こちらへ向かってくる人間に、延髄蹴りを入れる。

 私の蹴りによって吹き飛ばされた人間は傷一つ無く、再び身を起こし、こちらへと歩を進ませてくる。


「……!!! わ、私の蹴りが、効かない、だと?!!」


 生まれて初めての屈辱に、私の心は今にも折れそうだ。

 私は頭を振る事で雑念を払い、今度こそ、効果抜群な渾身の上段蹴りが、顔面へ飛び込む。

 蹴りの入った人間は、私の蹴りの力に吹き飛ばされながら徐々に四散し、漸く消え去った。


「……な、何て、強い敵だ……何?!!」


 私が一人と格闘していた間に、いつの間にか、椅子に座り終えた人数が増え、全員が、私へとゆっくり押し迫ってくる。

 昔見たゾンビ映画で、主人公の攻撃力が弱いから倒せないんだ、などと馬鹿にしていた己を叱責する。

 奴らの耐久力は異常だ。

 一瞬で葬り去れるゾンビゲームは所詮、温すぎた遊びなのだ。


「さ、させるか!!!!」


 私は、相手の上腹部へ正拳突きを入れる。

 しかし奴らは、打撃を受けて吹き飛んでは身を起こし、無傷で再び私に迫る。

 奴らには、私の満身を込めた力しか、効かないようだ。

 そして、その人数は無限に増えていく……!!!


「ま、負けるかっっっっ!!!!!」


 私は一体一体に全力を込め、攻撃を繰り出す。

 幸い、向こうの動きは鈍く、力を込めている間に反撃する事は、不可能なようだった。

 しかし、あまりにも大多数の人間に渾身の一撃を与えている為、私の体力に限界が来る事は明らかだった。

 それに、あまり間合いを近づけ過ぎると、向こうの攻撃が襲ってくるだろう。

 喰らいつく、という、異質攻撃を……そして、それを受けた私は、一体どうなるのだろうか?!


「……くうう!!!」


 あまりの人数に、私の体力は限界に達している。

 しかし、攻撃を止めれば、奴らは一斉に私を喰らいに来るだろう。

 そして、私もこの団体に入り込み、次なる獲物を探し求めるのか……!?


「く、くそっっっっ!!!!!!」


 カフェゲーとは、偽りの姿。

 真の姿は、VRに入り込んだ人間を喰らう、ゾンビの世界とは……!!

 既に何百体と倒した私は体力を使い切り、膝が笑い始めている。

 麻衣子や杏莉は、無事なのだろうか?

 いや、私でさえ既にこの状態、恐らくは……


「は?! 何、コレ?!! 何勝手に無差別格闘場化してんのよ?! って! しかも何で客倒せてんのッッッ??!!」


 私は不吉な予感を振り払い、懸命にゾンビを浄化させていると、空間の歪みから突如、二人の女性が現れた。


「……でも、メニューからコンロも出してないのにオープンしちゃダメだよ、玲子ちゃん。評判落ちちゃうからクローズにするね」

「……!! 麻衣子! 杏莉!! 無事だったのか!!!」


 二人を纏う力を察知し、ゾンビ化していない事を確認すると、私は震えている膝に力を込め、再び猛攻の態勢を取る。

 か弱い二人を守るのが、私の役目なのだから!

 しかし、杏莉の不思議な動きにより、多数いたはずのゾンビは霧散し、その空間には、私と麻衣子と杏莉、三人のみとなった。


「……ど、どういう事だ? ……ゾンビは……?!」

「……は? ゾンビ?! カフェゲにいるはずないでしょーが!」

「……しかし、さっきまであんなに……」

「……お客キャラ、だよね? お店、締めたから、いなくなっただけだけど……玲子ちゃん、汗まみれになって、どうしたの?!」


 私は張っていた気力を失い、膝を床に付け蹲る。

 杏莉が私を心配して、足元へと駆け寄った。


「……ええ?! 扉を机に改造した?! ……それでカフェが、オープン状態になったってトコか」

「? 何の事だ?」

「扉を開けると、メニューで『お店を開く』を選んだのと、同じ状態になるんだよ……?」

「しかも、玲子がいるトコ、道路に面した北側でしょ? お客キャラは扉から入るけど、北に一番近い所から出ようとするから、壁を撤去すると、出入り口別々に出来て、それも面白いな〜とは思ってたけど……そういう目的、じゃないよね、完全に。……全部、偶然だろうけど……けど……」


 麻衣子と杏莉の言葉が全く理解出来ない私と対照的に、麻衣子はこちらで何をしていたのか、大体想像が付くと言わんばかりに、しかし信じがたい真実に向き合ったのか、愕然とした表情で、頭を抱えた。


「……お客さんが座ったら、一定時間内に料理を出さないと、怒ってお店の評判が落ちるんだけど……何で、襲ってきたって思ったのかな?」

「……それより!! ……お客であるNPCを攻撃してもすり抜けるだけ、のはずが……それ倒しちゃうとか、あり得なさすぎる!!! ……アンタ、何モンだよ…………」


 麻衣子は顔色を青ざめさせながら、有り得ないものを見る目つきで私を見、杏莉は事態を把握出来ずにいるのか、ツインテールを振りながらオロオロしている。

 私は気力を使い果たした為、二人の言っている意味は全く分からないが、これだけは言える。


「……取り敢えず、今日はもう落ちる……今回は二人に助けてもらったが、次は必ず、一人で倒しきってみせる……!!」

「だから!! そういうゲームじゃないから!!!」

「……あ! れ、玲子ちゃん!?」


 ツッコミを入れる麻衣子と、驚いた表情で私を見つめる杏莉を余所に、私は素早くログアウトして、元の自室へと戻る。

 私は疲れ切った体を布団に横たえ、明日から己を鍛え直す決意を固める。

 どんな敵だろうと、次はもっと素早く、的確に大量に倒さねば!!

 その為には体力は勿論、スピード、満身を込める気力の増加……様々な特訓をせねばなるまい……!


「……貴様らを倒し、私は更なる高みへ昇るのだ……!!」

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私より強いものに会いに行こう……VRゲームでな! 梅干しいり豆茶 @ume-bean-tea

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