エピローグ

 大運動会から一カ月が過ぎた。


「パパー!! おそうめん出来たよー!! 」


「はーい! 今行くよ 」


 お昼ご飯を教えてくれるりいさに、納屋での作業を中断して自宅へと戻る。


「色付きは食べちゃダメだよ? 」


「はいはい 」


 相変わらず緑色や赤色のは僕にはくれず、響歌に取っておくのだ。 憎たらしいと思う反面、このまま変わらず優しい子に育って欲しいと願う。


 家のローチェストにはりいさの激走する写真と、トロフィーを持って笑う写真を飾ってある。 りいさの戦績は残念ながら二位で紅組は負けてしまった。 やはり半周差は厳しく、それでもあと体半分というところまで追い上げたのは努力の賜物だ。 トロフィーは会場を感動させたという、優勝よりも価値のあるものと僕は思う。 今大会のMVPは、紛れもなくりいさだ。


 ただ一つ気になることが。 運動会が終って家に帰る途中、りいさは『悔しい』と車の中で大泣きした。 それは一位になれなかったことなのか、友達の仇を取れなかったことなのか、理由は未だに教えてくれない。 空気を読むことに長けていて、勘のいいこの子の事だから、大人の意地汚い思惑に気付いていると思う。 親としては、願わくば前者であって欲しい。


「ただいまー! 」


 昼までには戻ると言っていた響歌がちょうど帰ってきた。 『お腹空いたぁ!』と一直線に手を洗いに行き、スーツ姿そのままで食卓に着く。


「ママ遅いぃ!! 」


「ゴメンゴメン! ほら! おみやげのドーナツだぞぉ! 」


 某有名店の紙包みを見たりいさはぱあっと笑顔になり、急いでそうめんをすすり始めた。


「おかえり。 話はうまくまとまった? 」


「まあ…… ね。 相手方は『知らない』って言ってるみたいだけど、今後の運動会の事もあるから徹底的にやるって松原先輩がね 」


 響歌はりいさが取り分けたそうめんをすすりながら苦笑いをする。 底に色付きが入っているのは言うまでもない。


「今後? 」


「うん。 わたしたちの代だけじゃなくて、これから運動会を経験する子供や家庭には同じ思いをさせちゃならないって 」


「気持ちはわかるけどね…… 」


 江北保育園の園児が身を挺してまで勝ちに拘ったのは、やはり『あの女』が原因だったと聞いた。 姉御肌の松原さんが『徹底的に』と言うのだから、もしかしたら中川町全体を巻き込んでの騒動になるかもしれない。 だが一番重要なのは、園児達が楽しめたかどうかじゃないだろうか。

 

 モヤモヤした気持ちでローチェストに飾っている写真を見ていると、りいさが僕の目線を追っていたのに気付いた。


「りいさ、運動会で泣いたのはどうして? 」


 何食わぬ顔で、そう質問してみる。


「うん? だってムカついたし、一位になれなかったし。 ズルしたらダメだよね? 」


 りいさはやはり気付いていた。


「じゃあ今回の運動会は楽しくなかった? 」


「ううん、凄く楽しかった! 」


 その言葉に響歌と二人でホッと胸を撫で下ろす。


「もっともーっと足が速くなって、小学校で一位になる! 」


「そうか、じゃありいさの夢はリレーの選手だね! 」


「違うよ! りいさのの夢はパパのお嫁さんだもん! 」


 はっ!?


「和くんのお嫁さんはわたし!! りいさは娘!! 」


「りいさはパパとするんだもん! ママは!! 」


「ちょっ!? なにそれ!! 」


 いつも突然始まる母と娘のバトルは僕が入る余地はない。 『あいじん』なんてどこでそんな言葉を覚えてくるんだか…… ばあちゃんはニコニコと、今日も平常運転だ。


「「ちょっとパパ《和くん》っ!!」」


 苦笑いしていると二人同時に怒られてしまった。 響歌はともかく、りいさはいつまでこうして懐いてくれるんだろう…… そんな事を思ってしまった。


 一大イベントの運動会が終わり、秋には文化祭に冬にはクリスマスパーティー。 そして今年度は卒園式がある。 仕事も忙しいけど、出来るだけ娘に時間を割いてやりたい。


 空は青く澄み渡り、水田には青々と『かんらの恵み』の苗が風に揺れる。 穏やかな青空の下、我が家は今日も賑やかだ。

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都会に疲れた僕は、田舎でスローライフを望みます ショートストーリー コーキ @koukitti

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